【三重県桑名市 提灯職人】
岩永 実和子
Iwanaga Miwako
1993年 三重県出身
<2025年12月制作>
三重県桑名市の岩永提灯店・四代目の岩永和彦の次女。学校を卒業した後は幼稚園教諭の仕事をしながら店を手伝っていたが、桑名石取祭がユネスコ無形文化遺産に登録されたことがきっかけとなり、跡を継ぐ覚悟を決める。現在は6年目で提灯の絵付けや店の事務仕事等を任されているが、骨組みを作るひご巻きや和紙を張る仕事はまだ修業中。1日でも早く地元の祭りや行事を支える職人となるため、日々研鑽を積んでいる。
【秋田県湯沢市 川連漆器職人】
佐藤 光
Sato Hikaru
1996年 秋田県出身
<2025年8月制作>
秋田県湯沢市川連町の漆器工房「利山」に生まれる。初代が祖父の佐藤利雄、二代目が父の佐藤公。 祖父・父それぞれが漆の可能性を追求し、技法やデザインを編み出した。そんな祖父と父の姿を見て育ってきて、手伝いをすることはあったものの、当初、家業を継ぐ気はなかった。祖父が病気で仕事ができなくなったことをきっかけ、2016年、正式に弟子入りを決意する。工房では下地〜中塗りの工程を担当するほか、木地師の元に通って塗師は本来は担当しない木地作りも習得。川連で最も若い職人として、川連漆器の伝統を守るため、日々研鑽を積んでいる。
【高知県香美市 土佐打刃物職人】
山本 良介
Yamamoto Ryosuke
1992年 高知県出身
<2025年7月制作>
子どものころから、ものづくりが好き。同級生が鍛冶工房に就職したのをきっかけに地元の土佐打刃物に興味を抱くも、すぐには働く場所が見つからなかった。ある日「香美市に鍛冶の養成所(鍛冶屋創生塾)ができる」と聞いて、数年の間、開校を心待ちにしながら別の仕事を続ける。2019年11月に念願の鍛冶屋創生塾に入塾。第一期生として包丁や鉈などさまざまな刃物の作り方を学んでいく。中でも鎌作りが最も得意であることに気づき、鎌専門の職人を志す。卒業後は創生塾の講師も務めていた山﨑龍太郎さんに師事し、2年前に独立。今では、土佐打刃物の伝統を守るため、鍛冶屋創生塾の講師として後輩の指導にもあたっている。
【長崎県佐世保市 三川内焼 作陶家】
中里 彰志
Nakazato Akishi
1997年 長崎県出身
<2025年5月制作>
長崎県佐世保市の三川内焼の献上唐子絵を受け継ぐ窯元、平戸松山窯の現当主、中里月度務の長男として生まれた。祖父や父の仕事を見て育ち、幼い頃より唐子絵の名工、祖父の中里勝歳から指導を受け練習に励んでいたという。高校卒業後は佐賀県有田の窯業研修所で陶芸の技術を学んだ。その後、他の工芸品を知るために上京し伝統工芸品を扱う販売店に就職、22歳で実家へ戻り陶工人生をスタートさせる。現在は三川内焼の魅力を広めようとYouTubeチャンネルを開設。陶工ならではの視点で焼き物の魅力を紹介している
【京都府京都市 京版画彫師】
野嶋 一生
Nojima Kazuki
1988年 京都府出身
<2025年4月制作>
祖父は油絵画家、父は西陣織作家という家庭に生まれ、芸術を身近に感じながら育った。もともと絵を描くことは好きで得意だったが、中学生の時に自分の画力で勝負したいという気持ちがふくらみ、高校・大学は芸術専門の学校に進学する。大学在学中から竹笹堂に出入りし彫師の仕事を専門的に学んでいくが、竹笹堂に彫師がいなかったため、藤澤洋氏(現代の名工・黄綬褒章受賞)に師事、大学卒業と同時に竹笹堂に入社する。歴史ある寺社仏閣から依頼される神仏画の版木や、有名な浮世絵の復刻などの伝統的な絵画の版木から、モダンアートやデジタルアートが元になった現代的な絵画の版木まで幅広く手掛ける。
【山口県長門市 萩焼 十六代坂倉新兵衛】
坂倉 正紘
Sakakura Masahiro
1983年 山口県出身
<2025年2月制作>
2017年に取材した坂倉正紘(当時33歳)。山口県長門市に十五代坂倉新兵衛の長男として生まれる。1657年、萩焼の御用窯として長門市深川ふかわ湯本三ノ瀬そうのせに開窯した坂倉新兵衛窯。2024年5月、十六代坂倉新兵衛を襲名。窯元の当主としての重圧と責任を背負い襲名記念展に向けて作陶する。萩の伝統土に自身が探した土を配合し、新しい萩焼の景色を創出したいと試行錯誤を重ねる。襲名後、蹴ろくろに本格的に取り組み、窯焚きの司令塔を任されるようになった。十六代新兵衛は、どんな景色を茶碗に映すのか?
【佐賀県鹿島市 木版摺更紗 染織家】
鈴田 清人
Suzuta Kiyoto
1993年 佐賀県出身
<2025年1月制作>
祖父は鍋島更紗の技法を研究し復元させた鈴田照次、父親は木版摺更紗の染職技法で重要無形文化財保持者(人間国宝)となった鈴田滋人。毎年、伝統工芸展の展示で父の作品を見るたび跡を継ぐことを漠然と考えていたものの、工房に立ち入ることが許されず、父が作業をする姿を実際に見たのは大学在学中であった。大学卒業後、一子相伝の技法を受け継ぎ、木版摺更紗の染織家として作品作りに励んでいる。植物のスケッチから起こしたパターンデザインは高い評価を受けており、2023年に第70回日本伝統工芸展で新人賞を受賞した。
【石川県小松市 金継ぎ師】
中岡 庸子
Nakaoka Yoko
1986年 兵庫県出身
<2024年11月制作>
京都の芸術大学・大学院で蒔絵を学び、卒業後は一般企業に就職するが、28歳の時に加賀市の漆工芸工房に弟子入りし、再び蒔絵を学ぶ。 蒔絵の修復をしたいという気持ちが強くなり、海外で博物館の所蔵品等の貴重な蒔絵を修復していた更谷富蔵氏に師事。現在は石川県小松市に拠点を置き、加賀蒔絵師の二代目野村大仙のむらたいせん氏の指導を仰ぎながら、石川県の伝統工芸品である九谷焼の修復を主に行う。 ガラス質で硬い上、微細な絵付けが特徴の九谷焼の修復は難易度が高いとされるが、蒔絵の経験で培われた丁寧な仕事ぶりで高い評価を得ている。
【福井県越前市 越前和紙 紙漉き職人】
古澤 花乃
Furusawa Kano
1996年 兵庫県出身
<2024年8月制作>
在学中のインターンシップで株式会社五十嵐製紙を訪れた際、間近で和紙作りを見て衝撃を受けたことが入社のきっかけとなった。伝統工芸士である五十嵐美佐子さんや匡美さんといったベテランの紙漉き職人たちに教わりながら着実に技を身につけ、入社から6年が経った現在は、多岐にわたる仕事を任されている。また、創作和紙の製作にも力を入れており、和紙の魅力を伝えるために日々研鑽を重ねている。
【富山県富山市 ガラス造形作家】
佐々木 俊仁
Sasaki Shunji
1987年 岩手県出身
<2024年7月制作>
進学した秋田県の美術大学でガラスと出会い、世界トップレベルの技術を学ぶため22歳で富山市に移住した。富山ガラス工房へ入所後、富山ガラス造形研究所の助手を経て、32歳で「S glass studio」を開設。指標にしているのが、祖母の箪笥に残されていた「裂き織り」。東北地方に伝わる伝統技法から着想を得た端材を再利用した「裂織りの器」、建築用の板ガラスを再利用した「Home」など、廃棄されるガラスに新たな命を吹き込む作品を通して、唯一無二の表現を目指している。
【奈良県奈良市 赤膚焼 陶芸作家】
大塩 まな・ほさな
Oshio Mana・Oshio Hosana
1997年 奈良県出身・1995年 奈良県出身
<2024年3月制作>
奈良の赤膚焼「大塩正窯」の窯主 大塩 正の娘として生まれる。姉妹ともに子どもの頃から絵画に強い関心があり、共に高校の芸術科を卒業した。妹のまなさんは陶芸を専攻し、本格的に作陶を学んだ。姉のほさなさんは彫金などを専攻、高校卒業後は京都の専門学校で陶芸の絵付けを学んだ。その後、姉妹で父に弟子入りし、400年続く赤膚焼の伝統を受け継ぎ守るべく日々研鑽を積むとともに、斬新なデザインのオリジナル作品も意欲的に制作し、陶芸作家として挑戦を続けている。
【新潟県三条市 日本剃刀鍛冶】
稲垣 良博
Inagaki Yoshihiro
2000年 神奈川県出身
<2024年1月制作>
幼い頃から庖丁鍛冶に憧れ、中学生・高校生の時に全国の刃物産地を巡った。そこで鉄を打つ職人たちの姿を見て、本気で鍛冶職人を志すようになる。高校在学中に三条市の越後三条鍛冶集団研修制度に合格し、卒業と同時に三条製作所の水落さんに師事する。日本剃刀は人の肌に触れるため、より高度な技術が必要とされる。その特異な伝統と技術を守るため、今日も鉄を打つ。
【京都府亀岡市 木工芸 駒師】
住谷 考蔵
Sumitani Kozo
1989年 大阪府出身
<2023年10月制作>
大阪府に生まれる。高校に通っていた頃、実家にある将棋駒が大量生産品ではなく職人の手作りであることに気づいたことで、一気に将棋駒の世界にのめり込み、そこから独学で駒作りを始める。さらに、将棋駒の愛好家たちの活動にも参加し、名工の駒や仲間たちの作品から刺激を受けた。その後、駒作りで身を立てるために京都伝統工芸大学校に進学し、木工芸を専攻。在学中に指物と漆の技術を学び、駒だけでなく、駒箱や脇息なども手掛けられるようになる。卒業後は独立して工房を構え、木工芸の若きホープとして注目を集めている。
【熊本県荒尾市 小代焼】
西川 智成
Nishikawa Tomonari
1994年 熊本県出身
<2023年9月制作>
熊本県荒尾市の小代焼 中平窯なかでらがまの窯元である西川講生こうせいの長男として生まれる。幼い頃から工房で土に触れ、跡を継ぐために大学では陶芸を専攻した。大学を卒業した後、父に弟子入りし、日常使いの器を作る傍ら、江戸時代に作られた古小代で用いられていた技法を研究し、その再現にも力を注いでいる。弟子入りから7年目を迎え、初めて登り窯の窯焚きの指揮をとることになった。
【岩手県盛岡市 南部杜氏】
古舘 龍之介
Furudate Ryunosuke
1992年 岩手県出身
<2023年8月制作>
岩手県大槌町の酒蔵「赤武酒造」の長男として生まれ、高校卒業後は、実家を継ぐため東京農業大学の醸造科に進学した。1年生の終わりに東日本大震災が発生し、大学を中退し帰省しようとしたが、父 秀峰さんとの話し合いの末、大学卒業を優先することに。卒業後は酒造りの現場で研修を受けながら「赤武酒造 復活蔵」の再建に尽力した。27歳の時に南部杜氏試験に合格し「若者にも愛される酒を造りたい」という想いを胸に酒造りと向き合っている。
【石川県加賀市 九谷焼ろくろ師 絵付師
《後編》】
山本 浩二・山本 秀平
Yamamoto Koji・Yamamoto Shuhei
1988年 石川県出身・1989年 石川県出身
<2023年5月制作>
九谷焼の窯元、加賀陶苑の当主、山本芳岳の次男と三男として生まれる。高校卒業後、兄弟で京都府立陶工高等技術専門校(京都陶芸大学校)に進学。兄の浩二はろくろ成形、弟の秀平は絵付けを学ぶ。卒業後、弟は実家の加賀陶苑へ入社し、父に弟子入り。一方、兄は同じ九谷焼の宮吉製陶所の北川道雄さんに1年間師事し、「型打技法」を学んだのち入社する。2022年には揃って伝統工芸士となった。兄弟で加賀赤絵の伝統を守りながら、古九谷の青磁の再現や砡質手の復活などに取り組み、次世代にその魅力を伝えている。
【石川県加賀市 九谷焼ろくろ師 絵付師
《前編》】
山本 浩二・山本 秀平
Yamamoto Koji・Yamamoto Shuhei
1988年 石川県出身・1989年 石川県出身
<2023年4月制作>
九谷焼窯元、加賀陶苑の当主 山本芳岳の次男と三男として生まれる。高校卒業後、兄弟で京都府立陶工高等技術専門校(京都陶芸大学校)に進学し、兄の浩二はろくろ成形、弟の秀平は絵付けを学んだ。卒業した後、弟は父 芳岳さんに弟子入りし、兄は宮吉製陶所の北川道雄さんに師事し、「型打技法」を学んだのち父に弟子入りした。そして2022年、兄弟揃って伝統工芸士となり、兄弟で加賀赤絵の伝統を守りながら、古九谷の青磁の再現や砡質手の復活などに積極的に取り組み、次世代にその魅力を伝えるため研鑽を重ねている。
【青森県弘前市 津軽塗塗師】
小林 正知
Kobayashi Masakazu
1986年 青森県出身
<2023年3月制作>
青森県弘前市にある津軽塗工房「小林漆器」の5代目 小林孝幸の長男として生まれる。家業を継ぐつもりはなかったため、大学を卒業した後は東京の一般企業に就職した。25歳の時、父から津軽塗後継者育成研修所の研修生募集があること、募集は3年半に一度だけであることを聞きき「この機会を逃したら津軽塗を学ぶチャンスはない」と家業を継ぐ決意をする。研修を終えた後、実家の小林漆器で経験を積む。2023年1月には代表取締役に就任。正式に工房の6代目として新たな一歩を踏み出した。
【北海道平取町 二風谷アットゥシ織物職人】
※ アットゥシのシはアイヌ語では小文字表記となります
柴田 幸宏
Shibata Yukihiro
1989年 北海道出身
<2022年12月制作>
北海道の音更町に生まれる。29歳まで調理師としてレストランで働いていたが、30歳になる時に「やりたかったことをやってみよう」と思い立ち、子どもの頃に歴史の資料集で見た「アットゥシ」をインターネットで検索し、本物のアットゥシを見るために二風谷を訪れた。その後、技術を学ぶために平取町の地域おこし協力隊に参加し、伝統工芸士の貝澤雪子さん、藤谷るみ子さんから教えを乞う。 現在は修業を積みながら、アットゥシの魅力を伝える活動や、新たな可能性を追求している。
※ アットゥシのシはアイヌ語では小文字表記となります
【新潟県燕市 木鋏鍛冶】
秋元 純也
Akimoto Junya
1995年 埼玉県出身
<2022年10月制作>
中学生の頃に鍛冶という仕事を知り、鉄について学ぶために工業高校へ進学した。22歳で三条市の越後三条鍛冶集団研修制度に合格。親方の平 孝行さんに迎えられ5年間の研修期間が始まった。故郷を離れ、三条という地で途絶えつつある木鋏の伝統技法を受け継ぐべく、日々修業に励んできた。そして2022年、研修期間の最終年度を迎えた。研修の修了制作として、全工程を初めて一人で手がける木鋏作りに挑戦する。
【佐賀県唐津市 唐津焼 陶芸家】
中里 健太
Nakazato Kenta
1993年 佐賀県生まれ
<2022年8月制作>
唐津焼の窯元「隆太窯」の三代目。子供の頃は唐津焼に関心がなく、高校卒業後は上京し、服飾の学校に通った。学生時代、たまたま美術館で陶芸作品の展覧会を見たことがきっかけとなり、陶芸の魅力に気づき「楽しい時間を過ごせる器を作りたい」との思いを抱くようになる。 実家の窯の継承を志すようになり、当初は父親である二代目の
【栃木県佐野市 天明鋳物師】
江田 朋
Eda Tomoya
1993年 栃木県生まれ
<2022年7月制作>
佐野市の鋳物工房「和銑釜 江田工房」の二十三代目当主 江田蕙の次男として生まれる。幼少期より父の工房に出入りし、小学校に入る頃には作業を手伝うようになる。
岩手大学、東京芸術大学大学院で鋳金を学び、卒業後に長野工房の釜師である二代目 長野垤志に弟子入りし、茶釜作りの技術に加え、茶道も学んだ。2021年春、3年の修業を終え江田工房に戻り、一人前の釜師になるため日々精進している。
【福岡県久留米市 久留米絣作家】
松枝 崇弘
Matsueda Takahiro
1995年 福岡県生まれ
<2022年6月制作>
久留米絣の工房「藍生庵」の六代目。父は重要無形文化財久留米絣技術保持者会 前会長 松枝哲哉(哲也)。 幼い頃より工房で遊びながら藍染めの技術を身につける。大学を卒業した後、一般企業に就職するが、父が余命宣告を受け、工房を継ぐ決意をする。限られた時間の中、病室から父の指導を受けた。 父が他界した翌年、日本伝統工芸展に初出展した作品は、日本工芸会奨励賞を受賞した。父から受け継いだ「絣の光」を守るため、日々研鑽を重ねている。
【長崎県 壱岐市 壱岐鬼凧職人】
斉藤 あゆみ
Saito Ayumi
1992年 長崎県生まれ
<2022年4月制作>
壱岐鬼凧職人である平尾明丈の孫として生まれる。両親が共働きであったため、工房でもある祖父母の家で過ごすことが多かった。そのため幼少期から鬼凧に触れ、遊びの延長線上に鬼凧作りがあった。高校を卒業した後は福岡県で働き始めるが、島で唯一の職人であった祖父が怪我をしたと聞き「このままでは鬼凧の伝統が失われてしまう」と、島に戻ることを決意し、祖父から凧作りを教わった。そして祖父が他界した今も、祖母と二人、二人三脚で島の伝統を後世に繋ぎ続けている。
【宮崎県都城市 都城大弓弓師】
横山 慶太郎
Yokoyama Keitaro
1990年 宮崎県生まれ
<2021年9月制作>
三代目 横山黎明氏の長男として生まれる。物心ついた頃から工房に出入りし、木材や竹材で遊びながら道具としての使い方を覚えていった。工房を継ぐかどうかという話が出たことはなかったが、学生時代に周囲の友人たちが就職活動を進める中で「自分は弓師になる」という思いが何処かにあったという。大学卒業後、自らの見聞を広めるため、オーストラリアでワーキングホリデーを2年間経験。帰国後、正式に工房に入り、四代目 横山黎明の名を継ぐべく日々修行に励んでいる。
【福島県白河市 大堀相馬焼ろくろ職人】
吉田 直弘
Yoshida Naohiro
1996年 兵庫県生まれ
<2021年7月制作>
京都の大学で陶芸を学ぶ。在学中、「大堀相馬焼」の窯元で1週間のインターン募集があり、2017年に初めて東北へ。それがきっかけとなり、卒業後、大堀相馬焼を学ぶため地域おこし協力隊に応募し移住する。 大堀相馬焼の窯元、いかりや商店や松永窯での三年間の修行を経て、2021年4月より独立を果たす。「大堀相馬焼の技術を受け継ぎ、絶やさない」その想いを胸に、窯元を目指し、日々仕事に励んでいる。
【富山県南砺市 井波彫刻彫刻家】
田中 郁聡
Tanaka Fumiaki
1982年 愛知県生まれ
<2021年2月制作>
幼い頃からものづくりが大好きで、23歳の時に故郷の名古屋を離れ、伝統工芸士 池田誠吉氏に師事。住み込みで修業に励み、5年の修業を経て28歳(2011年4月)で独立。「明日への扉」では、独立後も親方の元、欄間らんまなどの彫刻の技術を学び続ける姿を取材した。そして今回、独立して10年目を迎える田中さんを再び取材。寺院彫刻や山車の屋台彫刻など、幅広い彫刻に携わり、「2019年越中アートフェスタ立体部門」では、古代魚ピラルクをモチーフにした作品で大賞を受賞。名古屋城本丸御殿の復元などにも参加し伝統を支え続けている。
【福岡県八女市 八女提灯職人】
伊藤 博紀
Ito Hiroki
1990年 福岡県生まれ
<2020年5月制作>
福岡県八女市にある、文化十二年(1812年)創業の「伊藤権次郎商店」に生まれる。幼い頃から周りには職人がいて常に道具や提灯に触れてきた為、小学生の頃には提灯屋になると決意。大学でマーケティングを学び、それを活かした仕事に3年ほど就いた後、実家へ戻り職人として本格的に提灯製作を始める。伝統を守りながらも、新たな取り組みに挑戦し「伊藤権次郎商店」8代目を継ぐべく、日々研鑽を積んでいる。
【沖縄県那覇市 琉球びんがた職人】
知念 冬馬
Chinen Toma
1988年 沖縄県生まれ
<2020年3月制作>
かつての琉球王国王家お抱えの紅型三宗家、知念家の流れをくむ家に生まれ17歳より琉球びんがたの知念紅型研究所にて祖父である知念貞男の下、紅型作りに従事する。10代後半から京都や大阪、イタリア・ミラノでグラフィックデザインを学び、22歳で知念家十代目(びんがた七代目)として伝統的技術を継承し工房を引き継ぐ。現在、工房の当主として、若手職人の育成をするとともに、国内のみならず海外などにも琉球びんがたの普及、発展に勤しむ。
【石川県珠洲市 珠洲焼作家】
中島 大河
Nakajima Taiga
1994年 石川県生まれ
<2020年2月制作>
金沢市で生まれ育ち、大学は金沢美術工芸大学で油絵を専攻。2017年に珠洲市で開かれた奥能登国際芸術祭に金沢美大プロジェクトチームのリーダーとして参加。 準備を含めて2年間ほど金沢と珠洲を行き来し、最後の1年間は珠洲に住み込んでの制作活動だった。 そこで珠洲の人々の温かさや素晴らしさに触れるとともに、珠洲焼と出会う。「きらびやかな焼き物ではなく素朴で朴とつとした姿」に魅了される。一生をかけて打ち込めるもの作りの仕事をしたいと考えていた時に珠洲焼と出会った大河さんは、珠洲焼作家 篠原敬氏の門を叩き、金沢から移住して日々作陶を学んでいる。
【山形県米沢市 笹野一刀彫 工人】
小山 泰弘
Koyama Yasuhiro
1983年 山形県生まれ
<2020年1月制作>
米沢市の笹野地区で生まれ育ち、高校卒業後、東京で3年間会社員として働いたのち、米沢に戻り就職する。30歳を転機に「何か地元に関わる仕事をしたい」と考えていたところ、笹野一刀彫の後継者がいないことを耳にした。慣れ親しんだ「お鷹ポッポ」がなくなってしまうのはもったいないとの思いから、のちに師匠となる高橋清雄さんを訪ねる。はじめは断られたものの、再三熱意を伝え続け、半年後ようやく弟子入りが叶い、現在は、彫りから絵付けまで行う「工人」として研鑽の日々を送っている。
【滋賀県湖南市 近江一閑張職人】
蛯谷 亮太
Ebitani Ryota
1991年 滋賀県生まれ
<2019年11月制作>
20代前半はバイク店で整備士を目指す傍らレース活動に没頭していたが、レース中に大怪我をしたことをきっかけに自らの人生を見つめ直す。その頃、父の豊さんが近江一閑張の看板を下ろすことを考えていると知り、自分をここまで育ててくれた近江一閑張をこのまま潰してしまうのは惜しいとの思いから、自ら継ぐ事を決意。試行錯誤を重ね様々なニーズに合った製品を編み出し、海外にも進出。祖父や父から受け継いだ技術に独自の発想を織り交ぜながら、近江一閑張を広めるべく邁進している。
【岐阜県美濃市 美濃手漉き和紙職人】
千田 崇統
Senda Takanori
1983年 岐阜県生まれ
<2019年10月制作>
大学時代、クラブカルチャーに関心を持ち、卒業後はワーキングホリデーを利用しロンドンへ渡る。しかし、都会での暮らしの中で民族文化に興味を覚え、今度は南米各地を旅する。ペルーアマゾンで出会ったシピボ族の生活に触れ「自分も日本でこう生きたい」と岐阜に戻り、畑を耕し、自然の恵みに感謝する生き方を始めた。「美濃和紙の里会館」の紙漉き体験工房で手漉きの和紙と出会う。その時の縁で師匠 市原 達雄さんが後継者を探していることを知り、弟子入り。3年間師匠の下で修行し、6年前に工房を引き継ぐ。
【岐阜県岐阜市 岐阜和傘職人】
河合 幹子
Kawai Mikiko
1987年 岐阜県生まれ
<2019年8月制作>
母方の実家は岐阜市加納地区の老舗和傘問屋「坂井田永吉本店」。小さい頃は毎週末のように工房に遊びに行っては、和傘職人だった祖母、そこで働く職人さんたちの手仕事を見て育った。和傘が日常に溶け込んだ幼少期を送ったが、大学卒業後は東京で就職。その後、税理士事務所の職員として働いていた。2015年頃、伯父 坂井田永治氏に「和傘作りを手伝ってみないか」と声をかけられたのがきっかけで「坂井田永吉本店」で和傘の道へ進んだが、1年ほど経った頃、母が病気になり、実家の新聞店を手伝うために退社。深夜2時から新聞配達の準備が始まる毎日だったが、せっかく始めた和傘作りは空いた時間を見つけて続けてきた。母の体調も良くなり、3年前には自身のブランド「仐日和」を立ち上げた。新聞配達と2束のわらじで続けてきたが、現在は和傘作りに専念している。
【大阪府和泉市 和泉蜻蛉玉職人】
松田 有綺
Matsuda Yuki
1994年 大阪府生まれ
<2019年7月制作>
和泉国(現在の大阪府堺市周辺)で奈良時代以前より製作されてきた蜻蛉玉(ガラス玉)の歴史、技法を継承した「和泉蜻蛉玉」の山月さんげつ工房に生まれる。母の有利子さんは和泉蜻蛉玉の伝統工芸士であり、平等院の国宝復元に携わるなど、その技術を高く評価されている。そんな偉大な母の下、二十歳のときに修行を開始。その傍ら、職人以外の世界も知ってほしいという母の方針もあり、看護師としても働く。忙しい日々の中、和泉蜻蛉玉を継承する唯一の工房の三代目となることを目指し、修練を積んでいる。
【栃木県大田原市 黒羽藍染職人】
小沼 雄大
Onuma Yuta
1985年 栃木県生まれ
<2019年6月制作>
200年以上続く黒羽藍染紺屋の一人息子として生まれる。小さな頃から工房が遊び場だった雄大さんは、高校卒業と同時に藍染職人の道へ飛び込んだ。父 重信さんの勧めで、東京の江戸川区指定無形文化財・ゆかた染め(長板中形)の技術保持者、松原 與七さんに師事。師匠のもとで型染めの修行を積み、実家に戻ってからも紺屋を手伝いながら、月に何度か師匠のもとに通い技術を身に付けていった。雄大さんが24歳の時、重信さんが早世。9年前に紺屋の暖簾のれんを受け継いだ。先代たちが守ってきた技術や教えを礎に、若い人たちにも響く藍染を模索し続けている。
【富山県高岡市 高岡漆器螺鈿師】
武蔵川 剛嗣
Musashigawa Takeshi
1981年 富山県生まれ
<2019年5月制作>
国指定の伝統的工芸品、高岡漆器の「青貝塗あおがいぬり(螺鈿らでん)」の伝統と技法を受け継ぐ。明治43年(1910年)創業、武蔵川工房の四代目。幼い頃から父 義則さんの背中を見て育ち、家業を継ぐと決意。工芸高校の工芸科に進学し、卒業後、石川県立輪島漆芸技術研修所に5年間通った。漆器に関する様々な技法を学ぶことで、あらためて螺鈿の技術の奥深さに気づいた。2015年に伝統工芸士に認定。1つとして同じもののない天然素材の貝と向き合い、螺鈿の新たな可能性を日々研究し、創作に励んでいる。
【愛媛県松山市 尺八職人】
大萩 康喜
Ohagi Yasuyoshi
1985年 愛媛県 松山市生まれ
<2019年2月制作>
ギターを弾いていた大萩さんは三味線に興味があり、大学で邦楽部に入部した。たまたま人手が足りず、先輩に勧められて吹いたことが尺八との出会いだった。気がつけば尺八を吹くために大学へ通っていたという。卒業後は就職するも「尺八を思いっきり吹きたい」「自分の理想とする音色を出せる尺八を作りたい」という夢を諦められず、会社を辞めてこの道に飛び込んだ。地元松山で100年以上続く老舗である西田露秋ろしゅう尺八工房で、三代目 西田 露秋さんの下、5年間修行に励み、2016年8月、師匠の勧めで独立。祖母宅の離れに尺八工房 慈庵じあんを構えた。
【秋田県横手市 銀線細工職人】
佐藤 房雄
Sato Fusao
1980年 秋田県生まれ
<2019年1月制作>
純銀の細い線を用いて繊細な細工品を制作する秋田銀線細工職人。20歳のとき、初めて秋田銀線細工の存在を知り、その繊細な技術に魅せられ秋田銀線細工職人になることを決意した。飛び込みで弟子入りした師匠の元で15年間修業を積み、2015年に独立。現在は、依頼人からの要望、その人のイメージに合わせた作品をオーダーメイドしている。
【熊本県熊本市 象眼師】
伊藤 恵美子
Ito Emiko
1981年 熊本県生まれ
<2018年9月制作>
地元・熊本県の伝統工芸である肥後象眼に魅了され、20代初めに肥後象眼の道に進んだ。肥後象眼を学ぶ中で、スペイン・トレドの伝統工芸である象眼の技法が、肥後象眼とルーツが同じであることを知り、トレドに留学してスペイン象眼の技法も習得。2つの伝統技法を用いて制作した作品は「第40回 伝統工芸日本金工展」で新人賞を受賞した。
【青森県黒石市 津軽系伝統こけし工人】
阿保 正文
Abo Masafumi
1983年 青森県生まれ
<2018年8月制作>
津軽系伝統こけし工人の阿保 六知秀むちひでさんを父に持つ。幼い頃から絵を描くこと、ものづくりが好きで、中学生になった頃から「いつかこけし工人をやろう」と思っていたが、高校に入ると「こけし工人は大変だ」と感じるようになり気持ちが揺らぐ。まずは就職して、そのうちやれればいいと考え、地元の大学の農学生命科学部に進学。卒業後も関連した仕事に就きたいと考えていた。しかし、大学3年になり、就職活動をしている時「本当にやりたいことは何か」と考え、心にあった「こけし作り」をまずやってみても良いのではと思い直し、こけし工人になることを決意。2005年4月、父・六知秀工人から学びはじめ、津軽系伝統こけしの未来を切り開こうと日々技術の向上に努めている。
【佐賀県西松浦郡有田町 有田焼作家】
井上 祐希
Inoue Yuuki
1988年 佐賀県生まれ
<2018年5月制作>
日本における磁器発祥の地・有田町で、磁器製作の道に入って6年。師匠は、祖父である重要無形文化財保持者・人間国宝の井上萬二氏と父・康徳氏。〝究極の白磁美〟と称される萬二氏の卓越した白磁の技を受け継ぎながら新たな表現方法を探求し、ようやく自分らしさを表現できるようになってきた。一つとして同じ形、模様がないオリジナリティ溢れる作品作りに取り組んでいる。
【福岡県行橋市 柄巻師】
久保 謙太郎
Kubo Kentaro
1992年 福岡県生まれ
<2018年4月制作>
日本刀の持ち手の部分「柄つか」を形作る柄巻師つかまきし。柄巻師の父から、「人のできないことをしなさい」と教えられ育った。職人歴は7年だが、2017年に行われた「現代刀職展」の柄巻の技術を競う部門で、日本美術刀剣保存協会会長賞(日本一)を受賞。最高傑作と称される江戸時代の柄巻に、少しでも近づこうと日々努力を続けている。
【山口県長門市 萩焼作家】
坂倉 正紘
Sakakura Masahiro
1983年 山口県生まれ
<2017年11月制作>
深川の地で約360年の歴史を育んできた萩焼深川窯の宗家「坂倉家」の後継者。芸術大学・大学院で彫刻を学び、その後、京都市伝統産業技術者研修で2年間、陶芸の技術を学んだ。2011年、父である十五代 坂倉 新兵衛の下、作陶に入り、萩焼の未来を切り開こうと日々技術の向上に励んでいる。
【群馬県桐生市 桐生横振り刺繍職人】
比嘉 寛志
Higa Hiroshi
1988年 沖縄県生まれ
<2017年9月制作>
高校、大学は陸上競技(長距離)に打ち込む毎日だった。大学卒業後、セレクトショップで仕事を始め、そこでスーベニアジャケットに施された横振り刺繍に魅了された。沖縄の刺繍職人から横振り刺繍の第一人者・大澤紀代美さんの話を聞き、桐生を訪ねる。これまでに見たことのない大澤さんの作品を前にして、絶対に習いたいと決意を固めた。その後、桐生に移り住み、師のもとで技術向上に努める毎日を送っている。
【岩手県盛岡市 南部鉄器鉉鍛冶】
菊池 翔
Kikuchi Sho
1984年 岩手県生まれ
<2017年7月制作>
盛岡で唯一、手作業で南部鉄瓶の鉉を作る「田中鉉工房」で技術を磨く鉉鍛冶。大学では「鋳造」の技術を学ぶ。在学中、「田中鉉工房」の伝統工芸士、田中 二三男さんの存在を知り、工房を見学しに行くうちに、鉉を作る「鍛造」に興味をもつ。そして、田中さんに弟子入りを志願。熱意が伝わり、弟子入りを許される。大学卒業後、田中さんに師事し、盛岡南部鉄瓶の鉉のほとんどを一手に担う、田中鉉工房の後継者として、高度な鍛造技術の習得に日々励んでいる。
【奈良県奈良市 奈良団扇職人】
池田 匡志
Ikeda Tadashi
1990年 奈良県生まれ
<2017年4月制作>
創業約160年を誇る池田含香堂に生を受ける。幼い頃から祖父や、父の仕事を見て育ち「いつか自分も団扇を作りたい」との思いを抱くようになる。高校進学時に、3つ上の兄とどちらが家業を継ぐのか相談すると、兄は「自分には別の夢がある」と、快諾してくれた。高校卒業後、すぐにでも職人として働きたかったが「仕事では学べない社交性を身に付けること、仲間を作ることも大切」という母からのアドバイスもあり、大学に進学。卒業後、正式に「池田含香堂」の六代目として職人の道を歩み始める。
【秋田県大仙市 花火師】
今野 祥
Konno Sho
1986年 秋田県生まれ
<2016年11月制作>
小学生の頃からスキーにのめり込み、国体・インターハイに出場するほどの腕前。花火との出会いは8年前。スキー指導の仕事の傍ら、アルバイトで花火の打ち揚げ現場の手伝いをした際、花火が揚がった時の観客の歓声に心を鷲掴みにされた。「見る側より見せる側になりたい」と、響屋に入社。現在は花火作りだけでなく、花火大会の演出も任されている。
【神奈川県愛甲郡愛川町 箒職人】
小林 研哉
Kobayashi Kenya
1986年 静岡県生まれ
<2016年9月制作>
幼いころ、福島に住む祖父が作っていた 箒 ほうきに興味を抱く。高校卒業後、地元静岡の企業に就職し、結婚。中津箒の美しさと機能性に魅せられ、サラリーマンを辞め職人を志す。現在はホウキモロコシの栽培から完成まで、昔ながらの手仕事による製作技術を身に付けるための修行に励んでいる
【富山県高岡市 鋳物職人】
杉原 優子
Sugihara Yuko
1985年 富山県生まれ
<2016年6月制作>
小さい頃から絵を描くことが好きで、美術教師を目指していた。大学の授業で鋳物と出会い、その面白さに惹かれ基本的な技術を修得。卒業後、鋳物の仕事に就きたいと考え、株式会社能作への入社を志願するものの「女性の鋳物職人など長続きするはずがない」と社長に一蹴。しかし諦めることができず、1週間の無償でのアルバイトを許された。そこで筋の良さと粘り強い性格を買われ、2007年、正式に社員として採用された。
【佐賀県佐賀市 肥前びーどろ職人】
副島 正稚
Soejima Masanori
1982年 佐賀県生まれ
<2016年5月制作>
幕末、佐賀藩の科学技術研究施設「精煉方」のガラス窯の技術を受け継ぐ「副島硝子工業」の跡取り。芸術大学でガラスを学んだ後、一般企業に就職したが、実家の工場に職人がいなくなることを知り、24歳から職人の道へ入る。「肥前びーどろ」最大の特徴、幻の技法「ジャッパン吹き」を習得するため、日々修練を積む。
【長野県東御市 箏職人】
中川 祐一
Nakagawa Yuichi
1982年 長野県生まれ
<2016年3月制作>
少年時代は好奇心が旺盛で何にでも興味を抱き、彫刻刀を使って工作をするのが好きだった。東京の専門学校に進学し、卒業後は飲食業に就く。しかし27歳の時、テレビで放送されていた吉澤 武氏(後の師匠)の箏づくりの様子を見て衝撃を受け、職人になることを決意。吉澤氏に弟子入りを志願。「箏ことが売れる時代じゃない」と厳しい現状を伝えられても熱意は変わらず、箏職人の道を歩むことに。以来5年間、アルバイトで生計を立てながら、師匠吉澤氏の下、手作業での箏づくりを学んでいる。
【福島県喜多方市 会津桐下駄職人】
黒澤 孝弘
Kurosawa Takahiro
1979年 福島県生まれ
<2015年9月制作>
会津地方は古くから良質な「会津桐」の産地。この会津桐から作られる「会津桐下駄」は、桐下駄の最高峰と称されている。創業明治45年、黒沢桐材店の五代目。大学まで野球を続けプロを目指す。卒業後、跡を継ぐため四代目 孝司氏に師事。桐下駄製作は分業化されており、原木の伐採から手仕事による仕上げまで、すべてを一人で行える職人は全国でも少ない。すべての工程を行えるように二人の師匠の元、修業の日々を送っている。
【兵庫県南あわじ市 淡路人形浄瑠璃太夫】
竹本 友里希
Takemoto Tomoriki
1995年 兵庫県生まれ
<2015年8月制作>
「淡路だんじり唄」の唄い手である父を持つ彼女は、幼い頃から浄瑠璃の節回しを耳にして育った。中学校に入学すると郷土芸能部に入部、翌2年生の時には、南あわじが生んだ人間国宝・鶴澤友路氏に弟子入りする。高校2年生の時、太夫を生業とする苗字「竹本」を名乗ることが許され、名前には師匠から「友」の一字と、「ふる里」に「希望」をという想いが込められ、「竹本 友里希 ともりき」という芸名を授かった。高校卒業と同時に淡路人形座に入り、太夫として活躍している。
【兵庫県南あわじ市 淡路人形浄瑠璃人形遣い】
吉田 千紅
Yoshida Senko
1994年 兵庫県生まれ
<2015年7月制作>
五百年の歴史を誇る国指定重要無形民俗文化財、淡路人形浄瑠璃。淡路島で誕生し、日本各地に伝わる人形芝居の発祥とされ世界文化遺産である「文楽」も、淡路島から伝わったといわれている。人間を超える人間らしさ、とも言われる人形浄瑠璃に衝撃を受け、地元南あわじ市の中学、高校在学中は郷土部に入部、淡路人形浄瑠璃を学び、それぞれ部長も務めた。現在は、淡路島に唯一残る「淡路人形座」で女性人形遣いとして修行に励み、「吉田千紅」という芸名で活動している。
【福井県越前市 越前打刃物職人】
田村 徹
Tamura Toru
1988年 愛媛県生まれ
<2015年6月制作>
幼い頃から物づくりが大好きで、新居浜高等専門学校 材料工学科へ進学し、金属の性質などを5年間学んだ。その後カナダへ渡り、日本の包丁を販売する会社で働く。そこで越前打刃物と出会い、魅了され、越前打刃物の職人になろうと決意。帰国後、故郷を離れ、福井県で修行を始めた。3年の修業後、現在の親方、清水正治氏に弟子入り。黄綬褒章も受賞した偉大なる師の下、研鑽の日々を送っている
【鳥取県境港市 弓浜絣職人】
稲賀 さゆり
Inaga Sayuri
1983年 鳥取県生まれ
<2015年5月制作>
鳥取県弓ヶ浜半島で栽培されている「伯州綿 」を紡いで作られる国の伝統的工芸品「弓浜絣」。小学校の社会科見学で弓浜絣の工房を訪ね、職人の技と言葉に感動し、弓浜絣職人を志す。大学では染織を専攻。卒業後、社会科見学の際に出会い、職人を志すきっかけとなった嶋田悦子氏に弟子入り。幼い頃からずっと憧れていた職人に技術を学び、現在は独立。伯州綿の栽培から機織りまで、全て手仕事による伝統の技にこだわり、伝統の糸を途絶えさせないよう試行錯誤の日々を送っている。
【沖縄県那覇市 壺屋焼職人】
高江洲 尚平
Takaesu Shohei
1985年 沖縄県生まれ
<2015年4月制作>
1682年、琉球国王の命により誕生した壺屋焼。窯元「育陶園」は、300年以上にわたり伝統技術を守り、壷屋焼を発展させてきた。尚平さんはその窯元の長男として生まれ、高校を卒業すると京都の伝統工芸専門学校で陶芸技術を学び、20歳の時、父である育陶園六代目の高江洲 忠氏に弟子入り、以来10年、伝統の技術を継承するための日々を送っている。
【滋賀県大津市 彫金師】
小林 浩之
Kobayashi Hiroyuki
1980年 滋賀県生まれ
<2015年1月制作>
家は祖父の代から錺金具かざりかなぐに関わる仕事に携わってきた。その家系の長男として生まれたが、学生時代はサッカーに夢中で、家業を継ぐことなど考えてもいなかった。しかし、大学時代に留学していたイタリアで、自国の文化に誇りを持つイタリアの職人たちの姿を見て、「父の伝統工芸こそ日本が誇る文化だ」と思い、大学卒業後、現代の名工である父に師事。それから10年、父のもとで研鑽の日々を送っている。
【静岡県静岡市 駿河竹千筋細工職人】
大村 恵美
Omura Emi
1982年 静岡県生まれ
<2014年10月制作>
高校2年の時、静岡市内の伝統工芸を体験できる施設「駿府匠宿」で、駿河竹千筋細工を初めて目にし、職人の道に進むことを決意する。高校を卒業した後、伝統工芸士の篠宮康博氏に弟子入り。以後、篠宮氏の元で13年間修業を続けている。現在は、自らが駿河竹千筋細工に出会った「駿府匠宿」で、竹細工のカルチャースクール講師としても活躍している。
【山梨県甲州市 甲州水晶貴石細工職人】
藤森 信行
Fujimori Nobuyuki
1978年 神奈川県生まれ
<2014年8月制作>
15歳の時、父親の仕事の関係でアメリカ・ニューヨークに移住。大学では会計学を専攻したが、25歳になり〝日本の伝統文化に携わりたい〟との想いから単身で帰国。甲州水晶貴石細工の老舗「土屋華章製作所」の六代目 土屋 穣氏に弟子入りする。以降、師匠のもとで技術を磨き、伝統に縛られない様々なデザインの作品を生み出している。
【佐賀県佐賀市 鍋島緞通織師】
入江 真梨子
Irie Mariko
1990年 福岡県生まれ
<2014年7月制作>
幼い頃、デザイナーの父に連れられ美術館へ足を運んだ。初めて興味を抱いたのは日本画。その当時は絵の先生になることが夢だった。その後、美術短大に進学し油絵を専攻。そこでは主に抽象画を描いていた。就職先を探し始めた矢先「鍋島緞通なべしまだんつう」と出会い、織師になることを即決。織師となり3年、現在は一人で作品製作を任されるまでに成長した。
【石川県加賀市 山中漆器木地師】
田中 瑛子
Tanaka Eiko
1983年 愛知県生まれ
<2014年4月制作>
愛知県安城市で生まれた田中さんは、高校時代から陶芸や漆器などに興味を持ち、大学では漆芸を専攻。卒業後、「石川県立山中漆器産業技術センター・挽物轆轤ひきものろくろ技術研修所」で2年間学ぶ。その後、研修所で講師をしていた山中漆器 木地師の中嶋虎男師に弟子入りを志願し、24歳で弟子入り。5年間の修業を経て山中漆器 木地師として独立し、より高度な技術の習得に日々、邁進している。2012年にはニューヨークで作品展を開催。
【新潟県燕市 燕鎚起銅器】
樋山 朗子
Hiyama Akiko
1990年 新潟県生まれ
<2014年3月制作>
祖父が金物製造業を営んでおり、幼い頃からは工場で遊ぶことも多かったため、金属製品はとても身近な存在だった。小学生の時、学校の授業で現在の勤め先である「玉川堂ぎょくせんどう」を訪れたこともあり、地場産業の「燕鎚起銅器 」に魅力を感じるようになっていった。そして、デザイン系の専門学校を卒業するにあたり、玉川堂への入社を希望。本人の強い意志が伝わり入社を認められる。以後、優れた先輩職人の下で、伝統技術習得に励む日々を送っている。
【静岡県静岡市 駿河雛人形師】
望月 勇治
Mochizuki Yuji
1978年 静岡県生まれ
<2013年12月制作>
静岡県で代々駿河雛人形製作を営む「望月人形」の長男として生まれる。幼い頃から常に人形が身近にある環境で育ち、歳を経るごとに人形作りへの興味は増していった。高校卒業後は人形師の道に進むのではなく、見聞を広め、さまざまな経験をするために一般企業に就職。そして、25歳となった時、あらためて人形師になることを決意し、正式に後を継ぎたいと父に願い出る。以後、祖父、父の卓越した技術を受け継ぐため、研鑽の日々を送っている。
【福岡県八女市 八女石灯籠職人】
橋山 裕司
Hashiyama Hiroshi
1982年 福岡県生まれ
<2013年10月制作>
福岡県八女市で代々続く石灯籠職人の家に生まれる。プロ野球選手を夢見て、野球一筋の生活を送っていたが、大学在学中、祖父や父が作る石灯籠の魅力に惹かれ、自分もこの伝統、技術を受け継ぎたいとの思いを抱くようになる。そして、卒業を期に意を決し父に入門を志願。以後、師匠となった父の下で八女石灯籠の優れた技術の習得、継承を目指し、研鑽の日々を送っている。
【高知県吾川郡いの町 土佐典具帖紙職人】
濵田 洋直
Hamada Hironao
1977年 高知県生まれ
<2013年6月制作>
高知県いの町で江戸時代より代々和紙作りを営んできた濵田家に生まれる。祖父は土佐典具帖紙で人間国宝に認定されている濵田幸雄氏。20歳の頃から祖父の手伝いをしながら紙漉きの技術を学ぶうちに、手漉き和紙の魅力に惹かれていった。そして、衰退する伝統の土佐典具帖紙をもう一度世に広めるため、良質の和紙作りに勤しむ毎日を送っている。
【山形県米沢市 草木染織家】
山岸 久子
Yamagishi Hisako
1988年 山形県生まれ
<2013年4月制作>
山形県米沢市で代々、織物業を営む家に生まれる。染織家である父の仕事を見て育ったが、この仕事がしたいとは考えていなかった。しかし、父の勧めにより成人式で着る着物を自らの手で染め上げたことをきっかけに、家業の草木染の魅力に惹かれていく。そして、短大卒業後、父の仕事の手伝いを経て、染織家になることを決意する。
【大分県別府市 別府竹細工職人】
清水 貴之
Shimizu Takayuki
1979年 大阪府生まれ
<2013年3月制作>
子どもの頃から工作や絵を描くことが好きで、頭の中でイメージしたものを形にすることが楽しかった。大阪で育ち、大学も地元の学校に進学。卒業後の進路を意識しはじめるものの、自分が会社勤めする姿は想像できなかった。しかし「何かをやりたい」という具体的な考えもなかった。そんな学生生活を送る中で訪れた東南アジアやインドで、各国の様々な竹製品と接し、次第に竹の魅力に引き込まれていった。そして帰国後、別府竹細工の存在を知り、大学の卒業を機に別府竹細工の職人になることを決意する。
【富山県富山市 烏帽子職人】
四日市 健
Yokkaichi Ken
1980年 富山県生まれ
<2013年2月制作>
富山県高岡市で郷土料理の店を営む家に生まれる。地元の高校に通う中、もっとたくさんの人と出会って見聞を広めたいと東京の大学に進学。その後、テレビ番組の制作会社に就職し、30歳を機に帰郷。そこで数少ない「烏帽子職人」の四津谷敬一氏と出会い、烏帽子作りの魅力や四津谷氏の人柄に強く惹かれ、弟子入りを志願する。偉大な師匠のもとで、日本の伝統的技術を継承するため、日々、習得に励んでいる。
【佐賀県伊万里市 伊万里焼絵付師】
川副 隆彦
Kawazoe Takahiko
1981年 佐賀県生まれ
<2012年12月制作>
伊万里焼の礎である「鍋島」を制作する窯元の家に生まれる。家業には特に興味がなく、中学、高校は野球一筋の生活を送った。高校卒業後、有田にある窯業大学に入学するものの一年で退学。そんな折、兄弟のように育てられた従兄弟が「伊万里焼のろくろ師」になるための修行を始める。その仕事に打ち込むひた向きな姿に心打たれ、叔母の青木妙子氏に弟子入りを志願、伝統的な「伊万里焼」の絵付師として研鑽の日々を送っている。
【秋田県大館市 大館曲げわっぱ職人】
仲澤 恵梨
Nakazawa Eri
1982年 秋田県生まれ
<2012年10月制作>
幼い頃から物作りが大好きで、短大では建築を専攻。そんな中、「木材」に興味を抱くようになり、ずっと身近にあった「曲げわっぱ」に魅せられ、卒業を機に職人になることを決意する。そして数ある工房の中で、最も心惹かれる製品を作っている、「柴田慶信商店」の門を叩く。入門後は、師匠である柴田慶信氏のもと、伝統の技を受け継ぐため、研鑽の日々を送っている。
【三重県伊賀市 伊賀くみひも職人】
藤岡 潤全
Fujioka Hiroharu
1977年 三重県生まれ
<2012年9月制作>
伊賀くみひもの老舗「藤岡組紐店」の長男として生まれる。大学在学中、就職先を真剣に考えるようになった頃、生まれて初めて家業の「くみひも作り」に目を向ける。それ以降、徐々にくみひも作りの奥深さ、魅力にひかれていき、「伊賀くみひも」の伝統工芸士である母に弟子入りすることを決意。それから10年、尊敬する師の背中を見ながら、伝統的な手作りの技法を受け継ぐための日々を送っている。
【富山県南砺市 井波彫刻職人】
田中 郁聡
Tanaka Fumiaki
1982年 愛知県生まれ
<2012年5月制作>
幼い頃より絵を描くことが好きだった田中さん。自身の成長に伴い、将来は「ものづくり」に関わる仕事に就きたいとの思いを抱くようになっていった。そして、母の故郷である富山県に伝統工芸「井波彫刻いなみちょうこく」があることを知り、その繊細かつ大胆な彫刻に魅了される。23歳の時、伝統工芸士 池田誠吉氏に弟子入り。住み込みで修業に励み、2011年、独り立ちを許された。
【大分県日田市 小鹿田焼陶工】
坂本 創
Sakamoto So
1990年 大分県生まれ
<2012年3月制作>
小鹿田焼 の窯元の一つ坂本家に生まれ、高校卒業を機に、鳥取県の著名な陶芸家の下で2年間の修行を積む。その後、日田市ひたしに戻り、父である工たくみさんに弟子入りし、陶工として歩みはじめる。外部からの弟子を取らず固有の伝統を守り続ける小鹿田焼。伝統を未来へ繋げるため、父の教えの下、日田の豊かな自然と寄り添いながら研鑚の日々を送っている。
【長崎県五島市 野鍛冶】
宮﨑 春生
Numata Hanae
1985年 長崎県生まれ
<2012年1月制作>
中学校卒業後、家族の転居により五島列島の福江島に移り住んだ。高校2年生の時、医師である父から野鍛冶の話を聞いたことをきっかけに、鍛冶という職業、特に「野鍛冶」に興味を抱き、卒業後、福岡県の著名な鍛冶・大庭利夫氏に師事する。以後、5年の修行を経て、福江島で独立。尊敬する師匠に近づきたいと、修練の日々を送っている。
【福井県坂井市 提灯職人】
小島 まりや
Kojima Mariya
1982年 福井県生まれ
<2011年9月制作>
福井県坂井市で代々提灯を作り続けている「いとや提灯店」の三人兄弟の末っ子として生まれる。短大を卒業後、一度は調理師の道に進むものの、25歳の時、父であり師匠の畑峰雄氏への弟子入りを決意し、提灯職人の道を歩み始める。現在は一児の母となり、家庭を切り盛りしながら、職人の技に磨きをかけている。
【愛媛県今治市 鬼師】
菊地 晴香
Kikuchi Haruka
1988年 愛媛県生まれ
<2011年7月制作>
「菊間瓦」を製造する家に生まれ、四国指折りの鬼師であった祖父・菊地壮三郎氏が作り上げる鬼瓦を見て育つ。幼い頃から「いつか自分の手で祖父が作るような鬼瓦を作りたい」との思いを抱く。 そして、高校卒業後、壮三郎氏に弟子入り。憧れる祖父のような「鬼師」になるための研鑽の日々を送っている。
【山梨県甲州市 甲州印傳職人】
山本 裕輔
Yamamoto Yusuke
1982年 山梨県生まれ
<2011年5月制作>
「甲州印傳」の製法を継承する家に生まれる。中学生の時、父が甲州印傳において日本で唯一の伝統工芸士に認定されたことをきっかけに、印傳職人へ強い憧れを抱き職人になることを決意。大学を卒業した後、父に弟子入り。現在は弟とともに、伝統を受け継ぐための研鑽の日々を送っている。
【栃木県日光市 日光東照宮修復・彩色職人】
安藤 由香梨
Ando Yukari
1981年 栃木県生まれ
<2010年12月制作>
美大の日本画学科を卒業後、文化財修復の「彩色」という仕事と出会い、「絵を忠実に描くこと」が得意だった自分に向いているのではと考えるようになる。そして民間の文化財修復会社での修業を経て、「日光社寺文化財保存会」に採用される。以来、彩色技術者として400年の伝統・文化を守るため、研鑽を積んでいる。
【栃木県日光市 日光東照宮修復・漆塗職人】
大森 憲志
Omori Kenji
1986年 栃木県生まれ
<2010年11月制作>
大学在学中に漆と出会い、はじめはその光沢の美しさに魅了された。特徴や効能など、漆について知れば知るほど、その奥深さに夢中になり、ためらうことなく文化財修復の「漆塗」の道に進むことを決意。国宝の修復作業などを通して、日々漆塗技術に磨きをかけている。
【福島県会津若松市 会津塗・加飾職人】
沼田 英恵
Numata Hanae
1986年 茨城県生まれ
<2010年10月制作>
高校生の頃から、伝統工芸全般に興味があり、将来手仕事でものづくりができる職につきたいと思っていた。18歳の頃、会津塗の技術を教える「会津漆器技術後継者訓練校」の存在を知る。高倍率の中、見事合格し、2年間訓練校で技術を学ぶ。その後、より深く沈金の技法を学ぶため、角田弘司さんに弟子入り。会津塗の世界に入って5年。師匠の背中を追いかけ、日々懸命に会津塗と向き合う。
【茨城県小山市 結城紬・織り子】
大谷 加奈子
Oya Kanako
1984年 徳島県生まれ
<2010年7月制作>
幼い頃読んだ絵本に、糸から布ができるまでの様子が描かれていた。それをきっかけに、年々、織物への憧れを募らせていった。そして、大学在学中に「結城紬」の伝統や、その技術を教える「紬織物技術支援センター」の存在を知り、 機織はたおりの職人になることを決意。センターで1年間、基本的な技術を学び、その後、織元の坂入則明さんの下で「織り子」として伝統の技の習得に努めている。
【神奈川県小田原市 箱根寄木細工職人】
小島 裕平
Kojima Yuhei
1989年 神奈川県生まれ
<2010年6月制作>
幼い頃、木のおもちゃが大好きだった。そして「木工の仕事がしたい」と思いを抱いていた18歳の頃、箱根寄木細工に出会い感銘を受けた。高校卒業を期に箱根寄木細工職人の露木孝一氏に弟子入りし、以来、技術習得に勤しんでいる。
【和歌山県橋本市 竿師】
辰川 英輝
Tatsukawa Hideki
1980年 奈良県生まれ
<2010年4月制作>
祖父や父の影響で幼い頃から釣りにのめり込み、将来は釣りに関わる仕事をしたいと、釣り関連の専門学校に入学。卒業後、憧れたような仕事が見つからず、一度はその道を諦めた。しかし、釣りへの思いは捨てることができず、卒業から4年後、竿師の城 英雄さんに弟子入りを志願。内弟子として住み込みで働き、親方の下で匠の技を学んだ。入門してから5年、ようやく1本の竿をすべて自身の手で作らせてもらえるようになり、これを機に独立が許された。
【富山県下新川郡朝日町 蛭谷和紙職人】
川原 隆邦
Kawahara Takakuni
1981年 富山県生まれ
<2010年2月制作>
幼い頃、千葉県に転居。高校卒業後、両親とともに故郷の富山県に戻る。プロサッカー選手を目指しJFL(日本フットボールリーグ)で活躍するも、22歳の時にケガで断念。そんな折、「蛭谷和紙 びるだんわし」の後継者がなく、伝統が途絶えそうになっていることを知る。故郷に根付いた伝統を守りたいとの想いから、蛭谷和紙最後の職人であった米丘寅吉さんに弟子入りを志願した。だが、2009年春、師匠米丘さんが他界。その後は、たった一人で伝統を守り続けている。
【石川県白山市 和太鼓職人】
杉浦 哲郎
Sugiura Tetsuro
1981年 石川県出身
<2009年12月制作>
子どもの頃から物づくりが好きで、高校生になる頃には「職人」になりたいという夢を抱くようになっていた。高校卒業後、創業400年の歴史を誇る和太鼓製造企業「浅野太鼓」に入社し、和太鼓職人への道を歩み始める。以来、ひたむきに和太鼓製作に取り組み、優れた和太鼓職人になることを目指し、研鑽の日々を送っている。
【鹿児島県鹿児島市 薩摩切子職人】
永井 里沙
Nagai Risa
1987年 香川県生まれ
<2009年10月制作>
小学生の時に「薩摩切子」と出会い、その輝き・色の温かさなどの魅力に心惹かれる。そして、薩摩切子職人になりたいとの夢を抱き続け、高校卒業とともに「薩摩ガラス工芸」に入社。現在は、優れたカット師になることを目標に、日々努力を積み重ねている。
【青森県青森市 ねぶた師】
立田 健太
Tatsuta Kenta
1985年 青森県生まれ
<2009年9月制作>
5歳の頃から「ねぶた師」になる夢を抱き続け、14歳で内山 龍星さんに弟子入り。以後10年間、学業と両立させながら「ねぶた」中心の毎日を送ってきた。今は師匠の下で修行をする身であるが、優秀な「ねぶた師」として独り立ちするために、日々、努力を重ねている。