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掲載物件数:5,587 参画自治体数:634 自治体一覧を見る

参画自治体一覧を見る 634

 


 

【青森県青森市 ねぶた師】
立田 健太

Tatsuta Kenta
1985年 青森県生まれ
<2009年9月制作>

 

5歳の頃から「ねぶた師」になる夢を抱き続け、14歳で内山 龍星さんに弟子入り。以後10年間、学業と両立させながら「ねぶた」中心の毎日を送ってきた。今は師匠の下で修行をする身であるが、優秀な「ねぶた師」として独り立ちするために、日々、努力を重ねている。

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【富山県下新川郡朝日町 蛭谷和紙職人】
川原 隆邦

Kawahara Takakuni
1981年 富山県生まれ
<2010年2月制作>

 

幼い頃、千葉県に転居。高校卒業後、両親とともに故郷の富山県に戻る。プロサッカー選手を目指しJFL(日本フットボールリーグ)で活躍するも、22歳の時にケガで断念。そんな折、「蛭谷和紙 びるだんわし」の後継者がなく、伝統が途絶えそうになっていることを知る。故郷に根付いた伝統を守りたいとの想いから、蛭谷和紙最後の職人であった米丘寅吉さんに弟子入りを志願した。だが、2009年春、師匠米丘さんが他界。その後は、たった一人で伝統を守り続けている。

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【和歌山県橋本市 竿師】
辰川 英輝

Tatsukawa Hideki
1980年 奈良県生まれ
<2010年4月制作>

 

祖父や父の影響で幼い頃から釣りにのめり込み、将来は釣りに関わる仕事をしたいと、釣り関連の専門学校に入学。卒業後、憧れたような仕事が見つからず、一度はその道を諦めた。しかし、釣りへの思いは捨てることができず、卒業から4年後、竿師の城 英雄さんに弟子入りを志願。内弟子として住み込みで働き、親方の下で匠の技を学んだ。入門してから5年、ようやく1本の竿をすべて自身の手で作らせてもらえるようになり、これを機に独立が許された。

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【神奈川県小田原市 箱根寄木細工職人】
小島 裕平

Kojima Yuhei
1989年 神奈川県生まれ
<2010年6月制作>

 

幼い頃、木のおもちゃが大好きだった。そして「木工の仕事がしたい」と思いを抱いていた18歳の頃、箱根寄木細工に出会い感銘を受けた。高校卒業を期に箱根寄木細工職人の露木孝一氏に弟子入りし、以来、技術習得に勤しんでいる。

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【福島県会津若松市 会津塗・加飾職人】
沼田 英恵

Numata Hanae
1986年 茨城県生まれ
<2010年10月制作>

 

高校生の頃から、伝統工芸全般に興味があり、将来手仕事でものづくりができる職につきたいと思っていた。18歳の頃、会津塗の技術を教える「会津漆器技術後継者訓練校」の存在を知る。高倍率の中、見事合格し、2年間訓練校で技術を学ぶ。その後、より深く沈金の技法を学ぶため、角田弘司さんに弟子入り。会津塗の世界に入って5年。師匠の背中を追いかけ、日々懸命に会津塗と向き合う。

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【福井県坂井市 提灯職人】
小島 まりや

Kojima Mariya
1982年 福井県生まれ
<2011年9月制作>

 

福井県坂井市で代々提灯を作り続けている「いとや提灯店」の三人兄弟の末っ子として生まれる。短大を卒業後、一度は調理師の道に進むものの、25歳の時、父であり師匠の畑峰雄氏への弟子入りを決意し、提灯職人の道を歩み始める。現在は一児の母となり、家庭を切り盛りしながら、職人の技に磨きをかけている。

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【長崎県五島市 野鍛冶】
宮﨑 春生

Numata Hanae
1985年 長崎県生まれ
<2012年1月制作>

 

中学校卒業後、家族の転居により五島列島の福江島に移り住んだ。高校2年生の時、医師である父から野鍛冶の話を聞いたことをきっかけに、鍛冶という職業、特に「野鍛冶」に興味を抱き、卒業後、福岡県の著名な鍛冶・大庭利夫氏に師事する。以後、5年の修行を経て、福江島で独立。尊敬する師匠に近づきたいと、修練の日々を送っている。

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【三重県伊賀市 伊賀くみひも職人】
藤岡 潤全

Fujioka Hiroharu
1977年 三重県生まれ
<2012年8月制作>

 

伊賀くみひもの老舗「藤岡組紐店」の長男として生まれる。大学在学中、就職先を真剣に考えるようになった頃、生まれて初めて家業の「くみひも作り」に目を向ける。それ以降、徐々にくみひも作りの奥深さ、魅力にひかれていき、「伊賀くみひも」の伝統工芸士である母に弟子入りすることを決意。それから10年、尊敬する師の背中を見ながら、伝統的な手作りの技法を受け継ぐための日々を送っている。

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【秋田県大館市 大館曲げわっぱ職人】
仲澤 恵梨

Nakazawa Eri
1982年 秋田県生まれ
<2012年9月制作>

 

幼い頃から物作りが大好きで、短大では建築を専攻。そんな中、「木材」に興味を抱くようになり、ずっと身近にあった「曲げわっぱ」に魅せられ、卒業を機に職人になることを決意する。そして数ある工房の中で、最も心惹かれる製品を作っている、「柴田慶信商店」の門を叩く。入門後は、師匠である柴田慶信氏のもと、伝統の技を受け継ぐため、研鑽の日々を送っている。

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【佐賀県伊万里市 伊万里焼絵付師】
川副 隆彦

Kawazoe Takahiko
1981年 佐賀県生まれ
<2012年11月制作>

 

伊万里焼の礎である「鍋島」を制作する窯元の家に生まれる。家業には特に興味がなく、中学、高校は野球一筋の生活を送った。高校卒業後、有田にある窯業大学に入学するものの一年で退学。そんな折、兄弟のように育てられた従兄弟が「伊万里焼のろくろ師」になるための修行を始める。その仕事に打ち込むひた向きな姿に心打たれ、叔母の青木妙子氏に弟子入りを志願、伝統的な「伊万里焼」の絵付師として研鑽の日々を送っている。

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【富山県富山市 烏帽子職人】
四日市 健

Yokkaichi Ken
1980年 富山県生まれ
<2012年12月制作>

 

富山県高岡市で郷土料理の店を営む家に生まれる。地元の高校に通う中、もっとたくさんの人と出会って見聞を広めたいと東京の大学に進学。その後、テレビ番組の制作会社に就職し、30歳を機に帰郷。そこで数少ない「烏帽子職人」の四津谷敬一氏と出会い、烏帽子作りの魅力や四津谷氏の人柄に強く惹かれ、弟子入りを志願する。偉大な師匠のもとで、日本の伝統的技術を継承するため、日々、習得に励んでいる。

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【大分県別府市 別府竹細工職人】
清水 貴之

Shimizu Takayuki
1979年 大阪府生まれ
<2013年2月制作>

 

子どもの頃から工作や絵を描くことが好きで、頭の中でイメージしたものを形にすることが楽しかった。大阪で育ち、大学も地元の学校に進学。卒業後の進路を意識しはじめるものの、自分が会社勤めする姿は想像できなかった。しかし「何かをやりたい」という具体的な考えもなかった。そんな学生生活を送る中で訪れた東南アジアやインドで、各国の様々な竹製品と接し、次第に竹の魅力に引き込まれていった。そして帰国後、別府竹細工の存在を知り、大学の卒業を機に別府竹細工の職人になることを決意する。

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【高知県吾川郡いの町 土佐典具帖紙職人】
濵田 洋直

Hamada Hironao
1977年 高知県生まれ
<2013年4月制作>

 

高知県いの町で江戸時代より代々和紙作りを営んできた濵田家に生まれる。祖父は土佐典具帖紙で人間国宝に認定されている濵田幸雄氏。20歳の頃から祖父の手伝いをしながら紙漉きの技術を学ぶうちに、手漉き和紙の魅力に惹かれていった。そして、衰退する伝統の土佐典具帖紙をもう一度世に広めるため、良質の和紙作りに勤しむ毎日を送っている。

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【福岡県八女市 八女石灯籠職人】
橋山 裕司

Hashiyama Hiroshi
1982年 福岡県生まれ
<2013年9月制作>

 

福岡県八女市で代々続く石灯籠職人の家に生まれる。プロ野球選手を夢見て、野球一筋の生活を送っていたが、大学在学中、祖父や父が作る石灯籠の魅力に惹かれ、自分もこの伝統、技術を受け継ぎたいとの思いを抱くようになる。そして、卒業を期に意を決し父に入門を志願。以後、師匠となった父の下で八女石灯籠の優れた技術の習得、継承を目指し、研鑽の日々を送っている。

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【静岡県静岡市 駿河雛人形師】
望月 勇治

Mochizuki Yuji
1978年 静岡県生まれ
<2013年11月制作>

 

静岡県で代々駿河雛人形製作を営む「望月人形」の長男として生まれる。幼い頃から常に人形が身近にある環境で育ち、歳を経るごとに人形作りへの興味は増していった。高校卒業後は人形師の道に進むのではなく、見聞を広め、さまざまな経験をするために一般企業に就職。そして、25歳となった時、あらためて人形師になることを決意し、正式に後を継ぎたいと父に願い出る。以後、祖父、父の卓越した技術を受け継ぐため、研鑽の日々を送っている。

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【石川県加賀市 山中漆器木地師きじし
田中 瑛子

Tanaka Eiko
1983年 愛知県生まれ
<2014年3月制作>

 

愛知県安城市で生まれた田中さんは、高校時代から陶芸や漆器などに興味を持ち、大学では漆芸を専攻。卒業後、「石川県立山中漆器産業技術センター・挽物轆轤ひきものろくろ技術研修所」で2年間学ぶ。その後、研修所で講師をしていた山中漆器 木地師の中嶋虎男師に弟子入りを志願し、24歳で弟子入り。5年間の修業を経て山中漆器 木地師として独立し、より高度な技術の習得に日々、邁進している。2012年にはニューヨークで作品展を開催。

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【佐賀県佐賀市 鍋島緞通織師】
入江 真梨子

Irie Mariko
1990年 福岡県生まれ
<2014年6月制作>

 

幼い頃、デザイナーの父に連れられ美術館へ足を運んだ。初めて興味を抱いたのは日本画。その当時は絵の先生になることが夢だった。その後、美術短大に進学し油絵を専攻。そこでは主に抽象画を描いていた。就職先を探し始めた矢先「鍋島緞通なべしまだんつう」と出会い、織師になることを即決。織師となり3年、現在は一人で作品製作を任されるまでに成長した。             

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【静岡県静岡市 駿河竹千筋細工職人】
大村 恵美

Omura Emi
1982年 静岡県生まれ
<2014年9月制作>

 

高校2年の時、静岡市内の伝統工芸を体験できる施設「駿府匠宿」で、駿河竹千筋細工を初めて目にし、職人の道に進むことを決意する。高校を卒業した後、伝統工芸士の篠宮康博氏に弟子入り。以後、篠宮氏の元で13年間修業を続けている。現在は、自らが駿河竹千筋細工に出会った「駿府匠宿」で、竹細工のカルチャースクール講師としても活躍している。

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【滋賀県大津市 彫金師】
小林 浩之

Kobayashi Hiroyuki
1980年 滋賀県生まれ
<2015年1月制作>

 

家は祖父の代から錺金具かざりかなぐに関わる仕事に携わってきた。その家系の長男として生まれたが、学生時代はサッカーに夢中で、家業を継ぐことなど考えてもいなかった。しかし、大学時代に留学していたイタリアで、自国の文化に誇りを持つイタリアの職人たちの姿を見て、「父の伝統工芸こそ日本が誇る文化だ」と思い、大学卒業後、現代の名工である父に師事。それから10年、父のもとで研鑽の日々を送っている。             

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【沖縄県那覇市 壺屋焼職人】
高江洲 尚平

Takaesu Shohei
1985年 沖縄県生まれ
<2015年4月制作>

 

1682年、琉球国王の命により誕生した壺屋焼。窯元「育陶園」は、300年以上にわたり伝統技術を守り、壷屋焼を発展させてきた。尚平さんはその窯元の長男として生まれ、高校を卒業すると京都の伝統工芸専門学校で陶芸技術を学び、20歳の時、父である育陶園六代目の高江洲 忠氏に弟子入り、以来10年、伝統の技術を継承するための日々を送っている。

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【福井県越前市 越前打刃物職人】
田村 徹

Tamura Toru
1988年 愛媛県生まれ
<2015年6月制作>

 

幼い頃から物づくりが大好きで、新居浜高等専門学校 材料工学科へ進学し、金属の性質などを5年間学んだ。その後カナダへ渡り、日本の包丁を販売する会社で働く。そこで越前打刃物と出会い、魅了され、越前打刃物の職人になろうと決意。帰国後、故郷を離れ、福井県で修行を始めた。3年の修業後、現在の親方、清水正治氏に弟子入り。黄綬褒章も受賞した偉大なる師の下、研鑽の日々を送っている

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【兵庫県南あわじ市 淡路人形浄瑠璃人形遣い】
吉田 千紅

Yoshida Senko
1994年 兵庫県生まれ
<2015年7月制作>

 

五百年の歴史を誇る国指定重要無形民俗文化財、淡路人形浄瑠璃。淡路島で誕生し、日本各地に伝わる人形芝居の発祥とされ世界文化遺産である「文楽」も、淡路島から伝わったといわれている。人間を超える人間らしさ、とも言われる人形浄瑠璃に衝撃を受け、地元南あわじ市の中学、高校在学中は郷土部に入部、淡路人形浄瑠璃を学び、それぞれ部長も務めた。現在は、淡路島に唯一残る「淡路人形座」で女性人形遣いとして修行に励み、「吉田千紅」という芸名で活動している。

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【兵庫県南あわじ市 淡路人形浄瑠璃太夫】
竹本 友里希

Takemoto Tomoriki
1995年 兵庫県生まれ
<2015年8月制作>

 

「淡路だんじり唄」の唄い手である父を持つ彼女は、幼い頃から浄瑠璃の節回しを耳にして育った。中学校に入学すると郷土芸能部に入部、翌2年生の時には、南あわじが生んだ人間国宝・鶴澤友路氏に弟子入りする。高校2年生の時、太夫を生業とする苗字「竹本」を名乗ることが許され、名前には師匠から「友」の一字と、「ふる里」に「希望」をという想いが込められ、「竹本 友里希 ともりき」という芸名を授かった。高校卒業と同時に淡路人形座に入り、太夫として活躍している。

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【福島県喜多方市 会津桐下駄職人】
黒澤 孝弘

Kurosawa Takahiro
1979年 福島県生まれ
<2015年9月制作>

 

会津地方は古くから良質な「会津桐」の産地。この会津桐から作られる「会津桐下駄」は、桐下駄の最高峰と称されている。創業明治45年、黒沢桐材店の五代目。大学まで野球を続けプロを目指す。卒業後、跡を継ぐため四代目 孝司氏に師事。桐下駄製作は分業化されており、原木の伐採から手仕事による仕上げまで、すべてを一人で行える職人は全国でも少ない。すべての工程を行えるように二人の師匠の元、修業の日々を送っている。

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【長野県東御市 箏職人】
中川 祐一

Nakagawa Yuichi
1982年 長野県生まれ
<2016年3月制作>

 

少年時代は好奇心が旺盛で何にでも興味を抱き、彫刻刀を使って工作をするのが好きだった。東京の専門学校に進学し、卒業後は飲食業に就く。しかし27歳の時、テレビで放送されていた吉澤 武氏(後の師匠)の箏づくりの様子を見て衝撃を受け、職人になることを決意。吉澤氏に弟子入りを志願。「箏ことが売れる時代じゃない」と厳しい現状を伝えられても熱意は変わらず、箏職人の道を歩むことに。以来5年間、アルバイトで生計を立てながら、師匠吉澤氏の下、手作業での箏づくりを学んでいる。

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【佐賀県佐賀市 肥前びーどろ職人】
副島 正稚

Soejima Masanori
1982年 佐賀県生まれ
<2016年5月制作>

 

幕末、佐賀藩の科学技術研究施設「精煉方」のガラス窯の技術を受け継ぐ「副島硝子工業」の跡取り。芸術大学でガラスを学んだ後、一般企業に就職したが、実家の工場に職人がいなくなることを知り、24歳から職人の道へ入る。「肥前びーどろ」最大の特徴、幻の技法「ジャッパン吹き」を習得するため、日々修練を積む。

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【富山県高岡市 鋳物職人】
杉原 優子

Sugihara Yuko
1985年 富山県生まれ
<2016年6月制作>

 

小さい頃から絵を描くことが好きで、美術教師を目指していた。大学の授業で鋳物と出会い、その面白さに惹かれ基本的な技術を修得。卒業後、鋳物の仕事に就きたいと考え、株式会社能作への入社を志願するものの「女性の鋳物職人など長続きするはずがない」と社長に一蹴。しかし諦めることができず、1週間の無償でのアルバイトを許された。そこで筋の良さと粘り強い性格を買われ、2007年、正式に社員として採用された。

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【神奈川県愛甲郡愛川町 ほうき職人】
小林 研哉

Kobayashi Kenya
1986年 静岡県生まれ
<2016年9月制作>

 

幼いころ、福島に住む祖父が作っていた 箒 ほうきに興味を抱く。高校卒業後、地元静岡の企業に就職し、結婚。中津箒の美しさと機能性に魅せられ、サラリーマンを辞め職人を志す。現在はホウキモロコシの栽培から完成まで、昔ながらの手仕事による製作技術を身に付けるための修行に励んでいる。

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【秋田県大仙市 花火師】
今野 祥

Konno Sho
1986年 秋田県生まれ
<2016年11月制作>

 

小学生の頃からスキーにのめり込み、国体・インターハイに出場するほどの腕前。花火との出会いは8年前。スキー指導の仕事の傍ら、アルバイトで花火の打ち揚げ現場の手伝いをした際、花火が揚がった時の観客の歓声に心を鷲掴みにされた。「見る側より見せる側になりたい」と、響屋に入社。現在は花火作りだけでなく、花火大会の演出も任されている。

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【奈良県奈良市 奈良団扇職人】
池田 匡志

Ikeda Tadashi
1990年 奈良県生まれ
<2017年4月制作>

 

創業約160年を誇る池田含香堂に生を受ける。幼い頃から祖父や、父の仕事を見て育ち「いつか自分も団扇を作りたい」との思いを抱くようになる。高校進学時に、3つ上の兄とどちらが家業を継ぐのか相談すると、兄は「自分には別の夢がある」と、快諾してくれた。高校卒業後、すぐにでも職人として働きたかったが「仕事では学べない社交性を身に付けること、仲間を作ることも大切」という母からのアドバイスもあり、大学に進学。卒業後、正式に「池田含香堂」の六代目として職人の道を歩み始める。

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【岩手県盛岡市 南部鉄器鉉鍛冶】
菊池 翔

Kikuchi Sho
1984年 岩手県生まれ
<2017年7月制作>

 

盛岡で唯一、手作業で南部鉄瓶の鉉を作る「田中鉉工房」で技術を磨く鉉鍛冶。大学では「鋳造」の技術を学ぶ。在学中、「田中鉉工房」の伝統工芸士、田中 二三男さんの存在を知り、工房を見学しに行くうちに、鉉を作る「鍛造」に興味をもつ。そして、田中さんに弟子入りを志願。熱意が伝わり、弟子入りを許される。大学卒業後、田中さんに師事し、盛岡南部鉄瓶の鉉のほとんどを一手に担う、田中鉉工房の後継者として、高度な鍛造技術の習得に日々励んでいる。

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【福岡県行橋市 柄巻師】
久保 謙太郎

Kubo Kentaro
1992年 福岡県生まれ
<2018年4月制作>

 

日本刀の持ち手の部分「柄つか」を形作る柄巻師つかまきし。柄巻師の父から、「人のできないことをしなさい」と教えられ育った。職人歴は7年だが、2017年に行われた「現代刀職展」の柄巻の技術を競う部門で、日本美術刀剣保存協会会長賞(日本一)を受賞。最高傑作と称される江戸時代の柄巻に、少しでも近づこうと日々努力を続けている。

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【佐賀県西松浦郡有田町 有田焼作家】
井上 祐希

Inoue Yuuki
1988年 佐賀県生まれ
<2018年5月制作>

 

日本における磁器発祥の地・有田町で、磁器製作の道に入って6年。師匠は、祖父である重要無形文化財保持者・人間国宝の井上萬二氏と父・康徳氏。〝究極の白磁美〟と称される萬二氏の卓越した白磁の技を受け継ぎながら新たな表現方法を探求し、ようやく自分らしさを表現できるようになってきた。一つとして同じ形、模様がないオリジナリティ溢れる作品作りに取り組んでいる。

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【青森県黒石市 津軽系伝統こけし工人】
阿保あぼ 正文

Abo Masafumi
1983年 青森県生まれ
<2018年8月制作>

 

津軽系伝統こけし工人の阿保 六知秀むちひでさんを父に持つ。幼い頃から絵を描くこと、ものづくりが好きで、中学生になった頃から「いつかこけし工人をやろう」と思っていたが、高校に入ると「こけし工人は大変だ」と感じるようになり気持ちが揺らぐ。まずは就職して、そのうちやれればいいと考え、地元の大学の農学生命科学部に進学。卒業後も関連した仕事に就きたいと考えていた。
しかし、大学3年になり、就職活動をしている時「本当にやりたいことは何か」と考え、心にあった「こけし作り」をまずやってみても良いのではと思い直し、こけし工人になることを決意。2005年4月、父・六知秀工人から学びはじめ、津軽系伝統こけしの未来を切り開こうと日々技術の向上に努めている。

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【熊本県熊本市 象眼師ぞうがんし
伊藤 恵美子

Ito Emiko
1981年 熊本県生まれ
<2018年9月制作>

 

地元・熊本県の伝統工芸である肥後象眼に魅了され、20代初めに肥後象眼の道に進んだ。肥後象眼を学ぶ中で、スペイン・トレドの伝統工芸である象眼の技法が、肥後象眼とルーツが同じであることを知り、トレドに留学してスペイン象眼の技法も習得。2つの伝統技法を用いて制作した作品は「第40回 伝統工芸日本金工展」で新人賞を受賞した。

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【秋田県横手市 銀線細工職人】
佐藤 房雄

Sato Fusao
1980年 秋田県生まれ
<2019年1月制作>

 

純銀の細い線を用いて繊細な細工品を制作する秋田銀線細工職人。20歳のとき、初めて秋田銀線細工の存在を知り、その繊細な技術に魅せられ秋田銀線細工職人になることを決意した。飛び込みで弟子入りした師匠の元で15年間修業を積み、2015年に独立。現在は、依頼人からの要望、その人のイメージに合わせた作品をオーダーメイドしている。

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【愛媛県松山市 尺八職人】
大萩 康喜

Ohagi Yasuyoshi
1985年 愛媛県 松山市生まれ
<2019年2月制作>

 

ギターを弾いていた大萩さんは三味線に興味があり、大学で邦楽部に入部した。たまたま人手が足りず、先輩に勧められて吹いたことが尺八との出会いだった。気がつけば尺八を吹くために大学へ通っていたという。卒業後は就職するも「尺八を思いっきり吹きたい」「自分の理想とする音色を出せる尺八を作りたい」という夢を諦められず、会社を辞めてこの道に飛び込んだ。地元松山で100年以上続く老舗である西田露秋ろしゅう尺八工房で、三代目 西田 露秋さんの下、5年間修行に励み、2016年8月、師匠の勧めで独立。祖母宅の離れに尺八工房 慈庵じあんを構えた。

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【富山県高岡市 高岡漆器螺鈿師】
武蔵川 剛嗣

Musashigawa Takeshi
1981年 富山県生まれ
<2019年5月制作>

 

国指定の伝統的工芸品、高岡漆器の「青貝塗あおがいぬり(螺鈿らでん)」の伝統と技法を受け継ぐ。明治43年(1910年)創業、武蔵川工房の四代目。幼い頃から父 義則さんの背中を見て育ち、家業を継ぐと決意。工芸高校の工芸科に進学し、卒業後、石川県立輪島漆芸技術研修所に5年間通った。漆器に関する様々な技法を学ぶことで、あらためて螺鈿の技術の奥深さに気づいた。2015年に伝統工芸士に認定。1つとして同じもののない天然素材の貝と向き合い、螺鈿の新たな可能性を日々研究し、創作に励んでいる。

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【栃木県大田原市 黒羽藍染くろばねあいぞめ職人】
小沼 雄大

Onuma Yuta
1985年 栃木県生まれ
<2019年6月制作>

 

200年以上続く黒羽藍染紺屋くろばねあいぞめこんやの一人息子として生まれる。小さな頃から工房が遊び場だった雄大さんは、高校卒業と同時に藍染職人の道へ飛び込んだ。父 重信さんの勧めで、東京の江戸川区指定無形文化財・ゆかた染め(長板中形ながいたちゅうがた)の技術保持者、松原 與七さんに師事。師匠のもとで型染めの修行を積み、実家に戻ってからも紺屋を手伝いながら、月に何度か師匠のもとに通い技術を身に付けていった。雄大さんが24歳の時、重信さんが早世。9年前に紺屋の暖簾のれんを受け継いだ。先代たちが守ってきた技術や教えを礎に、若い人たちにも響く藍染を模索し続けている。

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【大阪府和泉市 和泉蜻蛉玉いずみとんぼだま職人】
松田 有綺

Matsuda Yuki
1994年 大阪府生まれ
<2019年7月制作>

 

和泉国いずみのくに(現在の大阪府堺市周辺)で奈良時代以前より製作されてきた蜻蛉玉とんぼだま(ガラス玉)の歴史、技法を継承した「和泉蜻蛉玉」の山月さんげつ工房に生まれる。
母の有利子さんは和泉蜻蛉玉の伝統工芸士であり、平等院の国宝復元に携わるなど、その技術を高く評価されている。
そんな偉大な母の下、二十歳のときに修行を開始。その傍ら、職人以外の世界も知ってほしいという母の方針もあり、看護師としても働く。忙しい日々の中、和泉蜻蛉玉を継承する唯一の工房の三代目となることを目指し、修練を積んでいる。

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【岐阜県岐阜市 岐阜和傘職人】
河合 幹子

Kawai Mikiko
1987年 岐阜県生まれ
<2019年8月制作>

 

母方の実家は岐阜市加納地区の老舗和傘問屋「坂井田永吉本店」。小さい頃は毎週末のように工房に遊びに行っては、和傘職人だった祖母、そこで働く職人さんたちの手仕事を見て育った。和傘が日常に溶け込んだ幼少期を送ったが、大学卒業後は東京で就職。その後、税理士事務所の職員として働いていた。2015年頃、伯父 坂井田永治氏に「和傘作りを手伝ってみないか」と声をかけられたのがきっかけで「坂井田永吉本店」で和傘の道へ進んだが、1年ほど経った頃、母が病気になり、実家の新聞店を手伝うために退社。深夜2時から新聞配達の準備が始まる毎日だったが、せっかく始めた和傘作りは空いた時間を見つけて続けてきた。母の体調も良くなり、3年前には自身のブランド「仐日和かさびより」を立ち上げた。新聞配達と2束のわらじで続けてきたが、現在は和傘作りに専念している。

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【岐阜県美濃市 美濃手漉き和紙職人】
千田 崇統

Senda Takanori
1983年 岐阜県生まれ
<2019年10月制作>

 

大学時代、クラブカルチャーに関心を持ち、卒業後はワーキングホリデーを利用しロンドンへ渡る。しかし、都会での暮らしの中で民族文化に興味を覚え、今度は南米各地を旅する。ペルーアマゾンで出会ったシピボ族の生活に触れ「自分も日本でこう生きたい」と岐阜に戻り、畑を耕し、自然の恵みに感謝する生き方を始めた。「美濃和紙の里会館」の紙漉き体験工房で手漉きの和紙と出会う。その時の縁で師匠 市原 達雄さんが後継者を探していることを知り、弟子入り。3年間師匠の下で修行し、6年前に工房を引き継ぐ。

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【滋賀県湖南市 近江一閑張職人】
蛯谷 亮太

Ebitani Ryota
1991年 滋賀県生まれ
<2019年11月制作>

 

20代前半はバイク店で整備士を目指す傍らレース活動に没頭していたが、レース中に大怪我をしたことをきっかけに自らの人生を見つめ直す。その頃、父の豊さんが近江一閑張の看板を下ろすことを考えていると知り、自分をここまで育ててくれた近江一閑張をこのまま潰してしまうのは惜しいとの思いから、自ら継ぐ事を決意。試行錯誤を重ね様々なニーズに合った製品を編み出し、海外にも進出。祖父や父から受け継いだ技術に独自の発想を織り交ぜながら、近江一閑張を広めるべく邁進している。

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【石川県珠洲市 珠洲焼すずやき作家】
中島 大河

Nakajima Taiga
1994年 石川県生まれ
<2020年5月配信>

 

金沢市で生まれ育ち、大学は金沢美術工芸大学で油絵を専攻。2017年に珠洲市で開かれた奥能登国際芸術祭に金沢美大プロジェクトチームのリーダーとして参加。 準備を含めて2年間ほど金沢と珠洲を行き来し、最後の1年間は珠洲に住み込んでの制作活動だった。 そこで珠洲の人々の温かさや素晴らしさに触れるとともに、珠洲焼と出会う。「きらびやかな焼き物ではなく素朴で朴とつとした姿」に魅了される。一生をかけて打ち込めるもの作りの仕事をしたいと考えていた時に珠洲焼と出会った大河さんは、珠洲焼作家 篠原たかし氏の門を叩き、金沢から移住して日々作陶を学んでいる。

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【沖縄県那覇市 琉球びんがた職人】
知念 冬馬

Chinen Toma
1988年 沖縄県生まれ
<2020年3月制作>

 

かつての琉球王国王家お抱えの紅型びんがた三宗家、知念家の流れをくむ家に生まれ17歳より琉球びんがたの知念紅型研究所にて祖父である知念貞男の下、紅型作りに従事する。
10代後半から京都や大阪、イタリア・ミラノでグラフィックデザインを学び、22歳で知念家十代目(びんがた七代目)として伝統的技術を継承し工房を引き継ぐ。現在、工房の当主として、若手職人の育成をするとともに、国内のみならず海外などにも琉球びんがたの普及、発展に勤しむ。

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【福岡県八女市 八女提灯職人】
伊藤 博紀

Ito Hiroki
1990年 福岡県生まれ
<2020年5月配信>

 

福岡県八女市にある、文化十二年(1812年)創業の「伊藤権次郎商店」に生まれる。幼い頃から周りには職人がいて常に道具や提灯に触れてきた為、小学生の頃には提灯屋になると決意。大学でマーケティングを学び、それを活かした仕事に3年ほど就いた後、実家へ戻り職人として本格的に提灯製作を始める。伝統を守りながらも、新たな取り組みに挑戦し「伊藤権次郎商店」8代目を継ぐべく、日々研鑽を積んでいる。

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【富山県南砺市 井波彫刻彫刻家】
田中 郁聡

Tanaka Fumiaki
1982年 愛知県生まれ
<2021年2月配信>

 

幼い頃からものづくりが大好きで、23歳の時に故郷の名古屋を離れ、伝統工芸士 池田誠吉氏に師事。住み込みで修業に励み、5年の修業を経て28歳(2011年4月)で独立。「明日への扉」では、独立後も親方の元、欄間らんまなどの彫刻の技術を学び続ける姿を取材した。そして今回、独立して10年目を迎える田中さんを再び取材。寺院彫刻や山車の屋台彫刻など、幅広い彫刻に携わり、「2019年越中アートフェスタ立体部門」では、古代魚ピラルクをモチーフにした作品で大賞を受賞。名古屋城本丸御殿の復元などにも参加し伝統を支え続けている。

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【福島県白河市 大堀相馬焼ろくろ職人】
吉田 直弘

Yoshida Naohiro
1996年 兵庫県生まれ
<2021年7月制作>

 

京都の大学で陶芸を学ぶ。在学中、「大堀相馬焼」の窯元で1週間のインターン募集があり、2017年に初めて東北へ。それがきっかけとなり、卒業後、大堀相馬焼を学ぶため地域おこし協力隊に応募し移住する。
大堀相馬焼の窯元、いかりや商店や松永窯での三年間の修行を経て、2021年4月より独立を果たす。
「大堀相馬焼の技術を受け継ぎ、絶やさない」その想いを胸に、窯元を目指し、日々仕事に励んでいる。

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【宮崎県都城市 都城大弓弓師 】
横山 慶太郎

Yokoyama Keitaro
1991年 滋賀県生まれ
<2019年11月制作<

 

三代目 横山黎明氏の長男として生まれる。物心ついた頃から工房に出入りし、木材や竹材で遊びながら道具としての使い方を覚えていった。
工房を継ぐかどうかという話が出たことはなかったが、学生時代に周囲の友人たちが就職活動を進める中で「自分は弓師になる」という思いが何処かにあったという。
大学卒業後、自らの見聞を広めるため、オーストラリアでワーキングホリデーを2年間経験。帰国後、正式に工房に入り、四代目 横山黎明の名を継ぐべく日々修行に励んでいる。

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【長崎県 壱岐市 壱岐鬼凧職人】
斉藤 あゆみ

Saito Ayumi
1992年 長崎県生まれ
<2022年4月制作<

 

壱岐鬼凧職人である平尾明丈の孫として生まれる。両親が共働きであったため、工房でもある祖父母の家で過ごすことが多かった。そのため幼少期から鬼凧に触れ、遊びの延長線上に鬼凧作りがあった。
高校を卒業した後は福岡県で働き始めるが、島で唯一の職人であった祖父が怪我をしたと聞き「このままでは鬼凧の伝統が失われてしまう」と、島に戻ることを決意し、祖父から凧作りを教わった。
そして祖父が他界した今も、祖母と二人、二人三脚で島の伝統を後世に繋ぎ続けている。

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【青森県青森市 ねぶた師】
立田 健太

Tatsuta Kenta
1985年 青森県生まれ

       

5歳の頃から「ねぶた師」になる夢を抱き続け、14歳で内山 龍星さんに弟子入り。以後10年間、学業と両立させながら「ねぶた」中心の毎日を送ってきた。今は師匠の下で修行をする身であるが、優秀な「ねぶた師」として独り立ちするために、日々、努力を重ねている。

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富山県下新川郡朝日町 和紙職人
川原 隆邦

Kawahara Takakuni
1981年 富山県生まれ

 

幼い頃、千葉県に転居。高校卒業後、両親とともに故郷の富山県に戻る。プロサッカー選手を目指しJFL(日本フットボールリーグ)で活躍するも、22歳の時にケガで断念。そんな折、「蛭谷和紙 びるだんわし」の後継者がなく、伝統が途絶えそうになっていることを知る。故郷に根付いた伝統を守りたいとの想いから、蛭谷和紙最後の職人であった米丘寅吉さんに弟子入りを志願した。だが、2009年春、師匠米丘さんが他界。その後は、たった一人で伝統を守り続けている。

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【和歌山県橋本市 竿師】
辰川 英輝

Tatsukawa Hideki
1980年 奈良県生まれ

 

祖父や父の影響で幼い頃から釣りにのめり込み、将来は釣りに関わる仕事をしたいと、釣り関連の専門学校に入学。卒業後、憧れたような仕事が見つからず、一度はその道を諦めた。しかし、釣りへの思いは捨てることができず、卒業から4年後、竿師の城 英雄さんに弟子入りを志願。内弟子として住み込みで働き、親方の下で匠の技を学んだ。入門してから5年、ようやく1本の竿をすべて自身の手で作らせてもらえるようになり、これを機に独立が許された。

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神奈川県小田原市 箱根寄木細工職人
小島 裕平

Kojima Yuhei
1989年 神奈川県生まれ

 

幼い頃、木のおもちゃが大好きだった。そして「木工の仕事がしたい」と思いを抱いていた18歳の頃、箱根寄木細工に出会い感銘を受けた。高校卒業を期に箱根寄木細工職人の露木孝一氏に弟子入りし、以来、技術習得に勤しんでいる。

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福島県会津若松市 会津塗・加飾職人
沼田 英恵

Numata Hanae
1986年 茨城県生まれ

 

高校生の頃から、伝統工芸全般に興味があり、将来手仕事でものづくりができる職につきたいと思っていた。18歳の頃、会津塗の技術を教える「会津漆器技術後継者訓練校」の存在を知る。高倍率の中、見事合格し、2年間訓練校で技術を学ぶ。その後、より深く沈金の技法を学ぶため、角田弘司さんに弟子入り。会津塗の世界に入って5年。師匠の背中を追いかけ、日々懸命に会津塗と向き合う。

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【福井県坂井市 提灯職人】
小島 まりや

Kojima Mariya
1982年 福井県生まれ

 

福井県坂井市で代々提灯を作り続けている「いとや提灯店」の三人兄弟の末っ子として生まれる。短大を卒業後、一度は調理師の道に進むものの、25歳の時、父であり師匠の畑峰雄氏への弟子入りを決意し、提灯職人の道を歩み始める。現在は一児の母となり、家庭を切り盛りしながら、職人の技に磨きをかけている。

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【長崎県五島市 野鍛冶】
宮﨑 春生

Miyazaki Haruki
1985年 長崎県生まれ

 

中学校卒業後、家族の転居により五島列島の福江島に移り住んだ。高校2年生の時、医師である父から野鍛冶の話を聞いたことをきっかけに、鍛冶という職業、特に「野鍛冶」に興味を抱き、卒業後、福岡県の著名な鍛冶・大庭利夫氏に師事する。以後、5年の修行を経て、福江島で独立。尊敬する師匠に近づきたいと、修練の日々を送っている。

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【富山県南砺市 井波彫刻職人】
田中 郁聡

Tanaka Fumiaki
1982年 愛知県生まれ

 

幼い頃より絵を描くことが好きだった田中さん。自身の成長に伴い、将来は「ものづくり」に関わる仕事に就きたいとの思いを抱くようになっていった。そして、母の故郷である富山県に伝統工芸「井波彫刻」があることを知り、その繊細かつ大胆な彫刻に魅了される。23歳の時、伝統工芸士 池田誠吉氏に弟子入り。住み込みで修業に励み、2011年、独り立ちを許された。

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秋田県大館市 大館曲げわっぱ職人
仲澤 恵梨

Nakazawa Eri
1982年 秋田県生まれ

 

幼い頃から物作りが大好きで、短大では建築を専攻。そんな中、「木材」に興味を抱くようになり、ずっと身近にあった「曲げわっぱ」に魅せられ、卒業を機に職人になることを決意する。そして数ある工房の中で、最も心惹かれる製品を作っている、「柴田慶信商店」の門を叩く。入門後は、師匠である柴田慶信氏のもと、伝統の技を受け継ぐため、研鑽の日々を送っている。

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三重県伊賀市 伊賀くみひも職人
藤岡 潤全

Fujioka Hiroharu
1977年 三重県生まれ

 

伊賀くみひもの老舗「藤岡組紐店」の長男として生まれる。大学在学中、就職先を真剣に考えるようになった頃、生まれて初めて家業の「くみひも作り」に目を向ける。それ以降、徐々にくみひも作りの奥深さ、魅力にひかれていき、「伊賀くみひも」の伝統工芸士である母に弟子入りすることを決意。それから10年、尊敬する師の背中を見ながら、伝統的な手作りの技法を受け継ぐための日々を送っている。

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佐賀県伊万里市 伊万里焼絵付師
川副 隆彦

Kawazoe Takahiko
1981年 佐賀県生まれ

 

伊万里焼の礎である「鍋島」を制作する窯元の家に生まれる。家業には特に興味がなく、中学、高校は野球一筋の生活を送った。高校卒業後、有田にある窯業大学に入学するものの一年で退学。そんな折、兄弟のように育てられた従兄弟が「伊万里焼のろくろ師」になるための修行を始める。その仕事に打ち込むひた向きな姿に心打たれ、叔母の青木妙子氏に弟子入りを志願、伝統的な「伊万里焼」の絵付師として研鑽の日々を送っている。

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【富山県富山市 烏帽子職人】
四日市 健

Yokkaichi Ken
1980年 富山県生まれ

 

富山県高岡市で郷土料理の店を営む家に生まれる。地元の高校に通う中、もっとたくさんの人と出会って見聞を広めたいと東京の大学に進学。その後、テレビ番組の制作会社に就職し、30歳を機に帰郷。そこで数少ない「烏帽子職人」の四津谷敬一氏と出会い、烏帽子作りの魅力や四津谷氏の人柄に強く惹かれ、弟子入りを志願する。偉大な師匠のもとで、日本の伝統的技術を継承するため、日々、習得に励んでいる。

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大分県別府市 別府竹細工職人
清水 貴之

Shimizu Takayuki
1979年 大阪府生まれ

 

子どもの頃から工作や絵を描くことが好きで、頭の中でイメージしたものを形にすることが楽しかった。大阪で育ち、大学も地元の学校に進学。卒業後の進路を意識しはじめるものの、自分が会社勤めする姿は想像できなかった。しかし「何かをやりたい」という具体的な考えもなかった。そんな学生生活を送る中で訪れた東南アジアやインドで、各国の様々な竹製品と接し、次第に竹の魅力に引き込まれていった。そして帰国後、別府竹細工の存在を知り、大学の卒業を機に別府竹細工の職人になることを決意する。

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高知県吾川郡いの町 土佐典具帖紙職人
濵田 洋直

Hamada Hironao
1977年 高知県生まれ

 

高知県いの町で江戸時代より代々和紙作りを営んできた濵田家に生まれる。祖父は土佐典具帖紙で人間国宝に認定されている濵田幸雄氏。20歳の頃から祖父の手伝いをしながら紙漉きの技術を学ぶうちに、手漉き和紙の魅力に惹かれていった。そして、衰退する伝統の土佐典具帖紙をもう一度世に広めるため、良質の和紙作りに勤しむ毎日を送っている。

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福岡県八女市 八女石灯籠職人
橋山 裕司

Hashiyama Hiroshi
1982年 福岡県生まれ

 

福岡県八女市で代々続く石灯籠職人の家に生まれる。プロ野球選手を夢見て、野球一筋の生活を送っていたが、大学在学中、祖父や父が作る石灯籠の魅力に惹かれ、自分もこの伝統、技術を受け継ぎたいとの思いを抱くようになる。そして、卒業を期に意を決し父に入門を志願。以後、師匠となった父の下で八女石灯籠の優れた技術の習得、継承を目指し、研鑽の日々を送っている。

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【静岡県静岡市 駿河雛人形師】
望月 勇治

Mochizuki Yuji
1978年 静岡県生まれ

 

静岡県で代々駿河雛人形製作を営む「望月人形」の長男として生まれる。幼い頃から常に人形が身近にある環境で育ち、歳を経るごとに人形作りへの興味は増していった。高校卒業後は人形師の道に進むのではなく、見聞を広め、さまざまな経験をするために一般企業に就職。そして、25歳となった時、あらためて人形師になることを決意し、正式に後を継ぎたいと父に願い出る。以後、祖父、父の卓越した技術を受け継ぐため、研鑽の日々を送っている。

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石川県加賀市 山中漆器木地師きじし
田中 瑛子

Tanaka Eiko
1983年 愛知県生まれ

 

愛知県安城市で生まれた田中さんは、高校時代から陶芸や漆器などに興味を持ち、大学では漆芸を専攻。卒業後、「石川県立山中漆器産業技術センター・挽物轆轤ひきものろくろ技術研修所」で2年間学ぶ。その後、研修所で講師をしていた山中漆器 木地師の中嶋虎男師に弟子入りを志願し、24歳で弟子入り。5年間の修業を経て山中漆器 木地師として独立し、より高度な技術の習得に日々、邁進している。2012年にはニューヨークで作品展を開催。

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佐賀県佐賀市 鍋島緞通織師
入江 真梨子

Irie Mariko
1990年 福岡県生まれ

 

幼い頃、デザイナーの父に連れられ美術館へ足を運んだ。初めて興味を抱いたのは日本画。その当時は絵の先生になることが夢だった。その後、美術短大に進学し油絵を専攻。そこでは主に抽象画を描いていた。就職先を探し始めた矢先「鍋島緞通なべしまだんつう」と出会い、織師になることを即決。織師となり3年、現在は一人で作品製作を任されるまでに成長した。

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佐賀県佐賀市 肥前びーどろ職人
副島 正稚

Soejima Masanori
1982年 佐賀県生まれ

 

幕末、佐賀藩の科学技術研究施設「精煉方」のガラス窯の技術を受け継ぐ「副島硝子工業」の跡取り。芸術大学でガラスを学んだ後、一般企業に就職したが、実家の工場に職人がいなくなることを知り、24歳から職人の道へ入る。「肥前びーどろ」最大の特徴、幻の技法「ジャッパン吹き」を習得するため、日々修練を積む。

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静岡県静岡市 駿河竹千筋細工職人
大村 恵美

Omura Emi
1982年 静岡県生まれ

 

高校2年の時、静岡市内の伝統工芸を体験できる施設「駿府匠宿」で、駿河竹千筋細工を初めて目にし、職人の道に進むことを決意する。高校を卒業した後、伝統工芸士の篠宮康博氏に弟子入り。以後、篠宮氏の元で13年間修業を続けている。現在は、自らが駿河竹千筋細工に出会った「駿府匠宿」で、竹細工のカルチャースクール講師としても活躍している。

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【滋賀県大津市 彫金師】
小林 浩之

Kobayashi Hiroyuki
1980年 滋賀県生まれ

 

家は祖父の代から錺金具かざりかなぐに関わる仕事に携わってきた。その家系の長男として生まれたが、学生時代はサッカーに夢中で、家業を継ぐことなど考えてもいなかった。しかし、大学時代に留学していたイタリアで、自国の文化に誇りを持つイタリアの職人たちの姿を見て、「父の伝統工芸こそ日本が誇る文化だ」と思い、大学卒業後、現代の名工である父に師事。それから10年、父のもとで研鑽の日々を送っている。

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【沖縄県那覇市 壺屋焼職人】
高江洲 尚平

Takaesu Shohei
1985年 沖縄県生まれ

 

1682年、琉球国王の命により誕生した壺屋焼。窯元「育陶園」は、300年以上にわたり伝統技術を守り、壷屋焼を発展させてきた。尚平さんはその窯元の長男として生まれ、高校を卒業すると京都の伝統工芸専門学校で陶芸技術を学び、20歳の時、父である育陶園六代目の高江洲 忠氏に弟子入り、以来10年、伝統の技術を継承するための日々を送っている。

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【福井県越前市 越前打刃物職人】
田村 徹

Tamura Toru
1988年 愛媛県生まれ

 

幼い頃から物づくりが大好きで、新居浜高等専門学校 材料工学科へ進学し、金属の性質などを5年間学んだ。その後カナダへ渡り、日本の包丁を販売する会社で働く。そこで越前打刃物と出会い、魅了され、越前打刃物の職人になろうと決意。帰国後、故郷を離れ、福井県で修行を始めた。3年の修業後、現在の親方、清水正治氏に弟子入り。黄綬褒章も受賞した偉大なる師の下、研鑽の日々を送っている。

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兵庫県南あわじ市 淡路人形浄瑠璃人形遣い
吉田 千紅

Yoshida Senko
1994年 兵庫県生まれ

 

五百年の歴史を誇る国指定重要無形民俗文化財、淡路人形浄瑠璃。淡路島で誕生し、日本各地に伝わる人形芝居の発祥とされ世界文化遺産である「文楽」も、淡路島から伝わったといわれている。人間を超える人間らしさ、とも言われる人形浄瑠璃に衝撃を受け、地元南あわじ市の中学、高校在学中は郷土部に入部、淡路人形浄瑠璃を学び、それぞれ部長も務めた。現在は、淡路島に唯一残る「淡路人形座」で女性人形遣いとして修行に励み、「吉田千紅」という芸名で活動している。

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兵庫県南あわじ市 淡路人形浄瑠璃太夫
竹本 友里希

Takemoto Tomoriki
1995年 兵庫県生まれ

 

「淡路だんじり唄」の唄い手である父を持つ彼女は、幼い頃から浄瑠璃の節回しを耳にして育った。中学校に入学すると郷土芸能部に入部、翌2年生の時には、南あわじが生んだ人間国宝・鶴澤友路氏に弟子入りする。高校2年生の時、太夫を生業とする苗字「竹本」を名乗ることが許され、名前には師匠から「友」の一字と、「ふる里」に「希望」をという想いが込められ、「竹本 友里希 ともりき」という芸名を授かった。高校卒業と同時に淡路人形座に入り、太夫として活躍している。

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福島県喜多方市 会津桐下駄職人
黒澤 孝弘

Kurosawa Takahiro
1979年 福島県生まれ

 

会津地方は古くから良質な「会津桐」の産地。この会津桐から作られる「会津桐下駄」は、桐下駄の最高峰と称されている。創業明治45年、黒沢桐材店の五代目。大学まで野球を続けプロを目指す。卒業後、跡を継ぐため四代目 孝司氏に師事。桐下駄製作は分業化されており、原木の伐採から手仕事による仕上げまで、すべてを一人で行える職人は全国でも少ない。すべての工程を行えるように二人の師匠の元、修業の日々を送っている。

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【長野県東御市 箏職人】
中川 祐一

Nakagawa Yuichi
1982年 長野県生まれ

 

少年時代は好奇心が旺盛で何にでも興味を抱き、彫刻刀を使って工作をするのが好きだった。東京の専門学校に進学し、卒業後は飲食業に就く。しかし27歳の時、テレビで放送されていた吉澤 武氏(後の師匠)の箏づくりの様子を見て衝撃を受け、職人になることを決意。吉澤氏に弟子入りを志願。「箏ことが売れる時代じゃない」と厳しい現状を伝えられても熱意は変わらず、箏職人の道を歩むことに。以来5年間、アルバイトで生計を立てながら、師匠吉澤氏の下、手作業での箏づくりを学んでいる。

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【富山県高岡市 鋳物職人】
杉原 優子

Sugihara Yuko
1985年 富山県生まれ

 

小さい頃から絵を描くことが好きで、美術教師を目指していた。大学の授業で鋳物と出会い、その面白さに惹かれ基本的な技術を修得。卒業後、鋳物の仕事に就きたいと考え、株式会社能作への入社を志願するものの「女性の鋳物職人など長続きするはずがない」と社長に一蹴。しかし諦めることができず、1週間の無償でのアルバイトを許された。そこで筋の良さと粘り強い性格を買われ、2007年、正式に社員として採用された。

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神奈川県愛甲郡愛川町 ほうき職人
小林 研哉

Kobayashi Kenya
1986年 静岡県生まれ

 

幼いころ、福島に住む祖父が作っていた 箒 ほうきに興味を抱く。高校卒業後、地元静岡の企業に就職し、結婚。中津箒の美しさと機能性に魅せられ、サラリーマンを辞め職人を志す。現在はホウキモロコシの栽培から完成まで、昔ながらの手仕事による製作技術を身に付けるための修行に励んでいる。

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【秋田県大仙市 花火師】
今野 祥

Konno Sho
1986年 秋田県生まれ

 

小学生の頃からスキーにのめり込み、国体・インターハイに出場するほどの腕前。花火との出会いは8年前。スキー指導の仕事の傍ら、アルバイトで花火の打ち揚げ現場の手伝いをした際、花火が揚がった時の観客の歓声に心を鷲掴みにされた。「見る側より見せる側になりたい」と、響屋に入社。現在は花火作りだけでなく、花火大会の演出も任されている。

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【奈良県奈良市 奈良団扇職人】
池田 匡志

Ikeda Tadashi
1990年 奈良県生まれ

 

創業約160年を誇る池田含香堂に生を受ける。幼い頃から祖父や、父の仕事を見て育ち「いつか自分も団扇を作りたい」との思いを抱くようになる。高校進学時に、3つ上の兄とどちらが家業を継ぐのか相談すると、兄は「自分には別の夢がある」と、快諾してくれた。高校卒業後、すぐにでも職人として働きたかったが「仕事では学べない社交性を身に付けること、仲間を作ることも大切」という母からのアドバイスもあり、大学に進学。卒業後、正式に「池田含香堂」の六代目として職人の道を歩み始める。

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岩手県盛岡市 南部鉄器 鉉鍛冶
菊池 翔

Kikuchi Sho
1984年 岩手県生まれ

 

盛岡で唯一、手作業で南部鉄瓶の鉉を作る「田中鉉工房」で技術を磨く鉉鍛冶。大学では「鋳造」の技術を学ぶ。在学中、「田中鉉工房」の伝統工芸士、田中 二三男さんの存在を知り、工房を見学しに行くうちに、鉉を作る「鍛造」に興味をもつ。そして、田中さんに弟子入りを志願。熱意が伝わり、弟子入りを許される。大学卒業後、田中さんに師事し、盛岡南部鉄瓶の鉉のほとんどを一手に担う、田中鉉工房の後継者として、高度な鍛造技術の習得に日々励んでいる。

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【福岡県行橋市 柄巻師】
久保 謙太郎

Kubo Kentaro
1992年 福岡県生まれ

 

日本刀の持ち手の部分「柄つか」を形作る柄巻師つかまきし。柄巻師の父から、「人のできないことをしなさい」と教えられ育った。職人歴は7年だが、2017年に行われた「現代刀職展」の柄巻の技術を競う部門で、日本美術刀剣保存協会会長賞(日本一)を受賞。最高傑作と称される江戸時代の柄巻に、少しでも近づこうと日々努力を続けている。

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佐賀県西松浦郡有田町 有田焼作家
井上 祐希

Inoue Yuuki
1988年 佐賀県生まれ

 

日本における磁器発祥の地・有田町で、磁器製作の道に入って6年。師匠は、祖父である重要無形文化財保持者・人間国宝の井上萬二氏と父・康徳氏。〝究極の白磁美〟と称される萬二氏の卓越した白磁の技を受け継ぎながら新たな表現方法を探求し、ようやく自分らしさを表現できるようになってきた。一つとして同じ形、模様がないオリジナリティ溢れる作品作りに取り組んでいる。

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【青森県黒石市 津軽系伝統こけし工人】
阿保あぼ 正文

Abo Masafumi
1983年 青森県生まれ

 

津軽系伝統こけし工人の阿保 六知秀むちひでさんを父に持つ。幼い頃から絵を描くこと、ものづくりが好きで、中学生になった頃から「いつかこけし工人をやろう」と思っていたが、高校に入ると「こけし工人は大変だ」と感じるようになり気持ちが揺らぐ。まずは就職して、そのうちやれればいいと考え、地元の大学の農学生命科学部に進学。卒業後も関連した仕事に就きたいと考えていた。
しかし、大学3年になり、就職活動をしている時「本当にやりたいことは何か」と考え、心にあった「こけし作り」をまずやってみても良いのではと思い直し、こけし工人になることを決意。2005年4月、父・六知秀工人から学びはじめ、津軽系伝統こけしの未来を切り開こうと日々技術の向上に努めている。

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【熊本県熊本市 象眼師ぞうがんし
伊藤 恵美子

Ito Emiko
1981年 熊本県生まれ

 

地元・熊本県の伝統工芸である肥後象眼に魅了され、20代初めに肥後象眼の道に進んだ。肥後象眼を学ぶ中で、スペイン・トレドの伝統工芸である象眼の技法が、肥後象眼とルーツが同じであることを知り、トレドに留学してスペイン象眼の技法も習得。2つの伝統技法を用いて制作した作品は「第40回 伝統工芸日本金工展」で新人賞を受賞した。

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秋田県横手市 銀線細工職人
佐藤 房雄

Sato Fusao
1980年 秋田県生まれ

 

純銀の細い線を用いて繊細な細工品を制作する秋田銀線細工職人。20歳のとき、初めて秋田銀線細工の存在を知り、その繊細な技術に魅せられ秋田銀線細工職人になることを決意した。飛び込みで弟子入りした師匠の元で15年間修業を積み、2015年に独立。現在は、依頼人からの要望、その人のイメージに合わせた作品をオーダーメイドしている。

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【愛媛県松山市 尺八職人】
大萩 康喜

Ohagi Yasuyoshi
1985年 愛媛県 松山市生まれ

 

ギターを弾いていた大萩さんは三味線に興味があり、大学で邦楽部に入部した。たまたま人手が足りず、先輩に勧められて吹いたことが尺八との出会いだった。気がつけば尺八を吹くために大学へ通っていたという。卒業後は就職するも「尺八を思いっきり吹きたい」「自分の理想とする音色を出せる尺八を作りたい」という夢を諦められず、会社を辞めてこの道に飛び込んだ。地元松山で100年以上続く老舗である西田露秋ろしゅう尺八工房で、三代目 西田 露秋さんの下、5年間修行に励み、2016年8月、師匠の勧めで独立。祖母宅の離れに尺八工房 慈庵じあんを構えた。

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富山県高岡市 高岡漆器 螺鈿師
武蔵川 剛嗣

Musashigawa Takeshi
1981年 富山県生まれ

 

国指定の伝統的工芸品、高岡漆器の「青貝塗あおがいぬり(螺鈿らでん)」の伝統と技法を受け継ぐ。明治43年(1910年)創業、武蔵川工房の四代目。幼い頃から父 義則さんの背中を見て育ち、家業を継ぐと決意。工芸高校の工芸科に進学し、卒業後、石川県立輪島漆芸技術研修所に5年間通った。漆器に関する様々な技法を学ぶことで、あらためて螺鈿の技術の奥深さに気づいた。2015年に伝統工芸士に認定。1つとして同じもののない天然素材の貝と向き合い、螺鈿の新たな可能性を日々研究し、創作に励んでいる。

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栃木県大田原市 黒羽藍染くろばねあいぞめ職人
小沼 雄大

Onuma Yuta
1985年 栃木県生まれ

 

200年以上続く黒羽藍染紺屋くろばねあいぞめこんやの一人息子として生まれる。小さな頃から工房が遊び場だった雄大さんは、高校卒業と同時に藍染職人の道へ飛び込んだ。父 重信さんの勧めで、東京の江戸川区指定無形文化財・ゆかた染め(長板中形ながいたちゅうがた)の技術保持者、松原 與七さんに師事。師匠のもとで型染めの修行を積み、実家に戻ってからも紺屋を手伝いながら、月に何度か師匠のもとに通い技術を身に付けていった。雄大さんが24歳の時、重信さんが早世。9年前に紺屋の暖簾のれんを受け継いだ。先代たちが守ってきた技術や教えを礎に、若い人たちにも響く藍染を模索し続けている。

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【大阪府和泉市 和泉蜻蛉玉いずみとんぼだま職人】
松田 有綺

Matsuda Yuki
1994年 大阪府生まれ

 

かつての琉球王国王家お抱えの紅型びんがた三宗家、知念家の流れをくむ家に生まれ17歳より琉球びんがたの知念紅型研究所にて祖父である知念貞男の下、紅型作りに従事する。
10代後半から京都や大阪、イタリア・ミラノでグラフィックデザインを学び、22歳で知念家十代目(びんがた七代目)として伝統的技術を継承し工房を引き継ぐ。現在、工房の当主として、若手職人の育成をするとともに、国内のみならず海外などにも琉球びんがたの普及、発展に勤しむ。

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【岐阜県岐阜市 岐阜和傘職人】
河合 幹子

Kawai Mikiko
1987年 岐阜県生まれ

 

母方の実家は岐阜市加納地区の老舗和傘問屋「坂井田永吉本店」。小さい頃は毎週末のように工房に遊びに行っては、和傘職人だった祖母、そこで働く職人さんたちの手仕事を見て育った。和傘が日常に溶け込んだ幼少期を送ったが、大学卒業後は東京で就職。その後、税理士事務所の職員として働いていた。2015年頃、伯父 坂井田永治氏に「和傘作りを手伝ってみないか」と声をかけられたのがきっかけで「坂井田永吉本店」で和傘の道へ進んだが、1年ほど経った頃、母が病気になり、実家の新聞店を手伝うために退社。深夜2時から新聞配達の準備が始まる毎日だったが、せっかく始めた和傘作りは空いた時間を見つけて続けてきた。母の体調も良くなり、3年前には自身のブランド「仐日和かさびより」を立ち上げた。新聞配達と2束のわらじで続けてきたが、現在は和傘作りに専念している。

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岐阜県美濃市 美濃手漉き和紙職人
千田 崇統

Senda Takanori
1983年 岐阜県生まれ

 

大学時代、クラブカルチャーに関心を持ち、卒業後はワーキングホリデーを利用しロンドンへ渡る。しかし、都会での暮らしの中で民族文化に興味を覚え、今度は南米各地を旅する。ペルーアマゾンで出会ったシピボ族の生活に触れ「自分も日本でこう生きたい」と岐阜に戻り、畑を耕し、自然の恵みに感謝する生き方を始めた。「美濃和紙の里会館」の紙漉き体験工房で手漉きの和紙と出会う。その時の縁で師匠 市原 達雄さんが後継者を探していることを知り、弟子入り。3年間師匠の下で修行し、6年前に工房を引き継ぐ。

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滋賀県湖南市 近江一閑張職人
蛯谷 亮太

Ebitani Ryota
1991年 滋賀県生まれ

 

20代前半はバイク店で整備士を目指す傍らレース活動に没頭していたが、レース中に大怪我をしたことをきっかけに自らの人生を見つめ直す。その頃、父の豊さんが近江一閑張の看板を下ろすことを考えていると知り、自分をここまで育ててくれた近江一閑張をこのまま潰してしまうのは惜しいとの思いから、自ら継ぐ事を決意。試行錯誤を重ね様々なニーズに合った製品を編み出し、海外にも進出。祖父や父から受け継いだ技術に独自の発想を織り交ぜながら、近江一閑張を広めるべく邁進している。

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【石川県珠洲市 珠洲焼すずやき作家】
中島 大河

Nakajima Taiga
1994年 石川県生まれ

 

金沢市で生まれ育ち、大学は金沢美術工芸大学で油絵を専攻。2017年に珠洲市で開かれた奥能登国際芸術祭に金沢美大プロジェクトチームのリーダーとして参加。準備を含めて2年間ほど金沢と珠洲を行き来し、最後の1年間は珠洲に住み込んでの制作活動だった。そこで珠洲の人々の温かさや素晴らしさに触れるとともに、珠洲焼と出会う。「きらびやかな焼き物ではなく素朴で朴とつとした姿」に魅了される。一生をかけて打ち込めるもの作りの仕事をしたいと考えていた時に珠洲焼と出会った大河さんは、珠洲焼作家 篠原たかし氏の門を叩き、金沢から移住して日々作陶を学んでいる。

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【沖縄県那覇市 琉球びんがた職人】
知念 冬馬

Chinen Toma
1988年 沖縄県生まれ

 

かつての琉球王国王家お抱えの紅型びんがた三宗家、知念家の流れをくむ家に生まれ17歳より琉球びんがたの知念紅型研究所にて祖父である知念貞男の下、紅型作りに従事する。
10代後半から京都や大阪、イタリア・ミラノでグラフィックデザインを学び、22歳で知念家十代目(びんがた七代目)として伝統的技術を継承し工房を引き継ぐ。現在、工房の当主として、若手職人の育成をするとともに、国内のみならず海外などにも琉球びんがたの普及、発展に勤しむ。

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【福岡県八女市 八女提灯職人】
伊藤 博紀

Ito Hiroki
1990年 福岡県生まれ

 

福岡県八女市にある、文化十二年(1812年)創業の「伊藤権次郎商店」に生まれる。幼い頃から周りには職人がいて常に道具や提灯に触れてきた為、小学生の頃には提灯屋になると決意。大学でマーケティングを学び、それを活かした仕事に3年ほど就いた後、実家へ戻り職人として本格的に提灯製作を始める。伝統を守りながらも、新たな取り組みに挑戦し「伊藤権次郎商店」8代目を継ぐべく、日々研鑽を積んでいる。

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【富山県南砺市 井波彫刻彫刻家】
田中 郁聡

Tanaka Fumiaki
1982年 愛知県生まれ

 

幼い頃からものづくりが大好きで、23歳の時に故郷の名古屋を離れ、伝統工芸士 池田誠吉氏に師事。住み込みで修業に励み、5年の修業を経て28歳(2011年4月)で独立。「明日への扉」では、独立後も親方の元、欄間らんまなどの彫刻の技術を学び続ける姿を取材した。そして今回、独立して10年目を迎える田中さんを再び取材。寺院彫刻や山車の屋台彫刻など、幅広い彫刻に携わり、「2019年越中アートフェスタ立体部門」では、古代魚ピラルクをモチーフにした作品で大賞を受賞。名古屋城本丸御殿の復元などにも参加し伝統を支え続けている。

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【福島県白河市 大堀相馬焼ろくろ職人】
吉田 直弘

Yoshida Naohiro
1996年 兵庫県生まれ

 

京都の大学で陶芸を学ぶ。在学中、「大堀相馬焼」の窯元で1週間のインターン募集があり、2017年に初めて東北へ。それがきっかけとなり、卒業後、大堀相馬焼を学ぶため地域おこし協力隊に応募し移住する。
大堀相馬焼の窯元、いかりや商店や松永窯での三年間の修行を経て、2021年4月より独立を果たす。
「大堀相馬焼の技術を受け継ぎ、絶やさない」その想いを胸に、窯元を目指し、日々仕事に励んでいる。

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【宮崎県都城市 都城大弓弓師 】
横山 慶太郎

Yokoyama Keitaro
1991年 滋賀県生まれ

 

三代目 横山黎明氏の長男として生まれる。物心ついた頃から工房に出入りし、木材や竹材で遊びながら道具としての使い方を覚えていった。
工房を継ぐかどうかという話が出たことはなかったが、学生時代に周囲の友人たちが就職活動を進める中で「自分は弓師になる」という思いが何処かにあったという。
大学卒業後、自らの見聞を広めるため、オーストラリアでワーキングホリデーを2年間経験。帰国後、正式に工房に入り、四代目 横山黎明の名を継ぐべく日々修行に励んでいる。

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【長崎県 壱岐市 壱岐鬼凧職人】
斉藤 あゆみ

Saito Ayumi
1992年 長崎県生まれ

 

壱岐鬼凧職人である平尾明丈の孫として生まれる。両親が共働きであったため、工房でもある祖父母の家で過ごすことが多かった。そのため幼少期から鬼凧に触れ、遊びの延長線上に鬼凧作りがあった。
高校を卒業した後は福岡県で働き始めるが、島で唯一の職人であった祖父が怪我をしたと聞き「このままでは鬼凧の伝統が失われてしまう」と、島に戻ることを決意し、祖父から凧作りを教わった。
そして祖父が他界した今も、祖母と二人、二人三脚で島の伝統を後世に繋ぎ続けている。

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